細胞の奥で見つかった、メタン生成の加速装置

この長年の謎に、ようやく答えを出したのが、中国科学院水生生物研究所の魏苗(Wei Miao)教授たちの研究チームです。
研究チームはまず、ずっと滞っていた繊毛虫の遺伝情報の解読を、大きく進めました。
それまで世界で53個ほどしか読まれていなかったゲノム情報を、なんと450個のゲノムからなるカタログにまで広げたのです。
そのうちの87%は、今回新たに読み解かれたものでした。
この大規模な解析の結果、驚くべきことがわかりました。
これまで「32属274種以上いる」とされてきた反芻胃の繊毛虫は、今回の解析では「18属65種」と、思っていたよりもずっと少ない仲間として整理されたのです。
形だけで分類していた時代の図鑑が、遺伝情報によって大きく書き換えられました。
次に研究チームは、代表的なルーメン繊毛虫(ダシトリカ)を取り出し、電子顕微鏡でじっくり調べました。
すると細胞のなかに、ある楕円形の小さな構造が、いくつもぽつぽつと並んでいるのが見えました。
実は、この構造そのものは古くから観察されていたのですが、いったい何をしているものなのか、その正体は長らくはっきりしていなかったのです。
しかし研究チームが調べたところ、2つの大切な酵素が備わっていることがわかりました。
ひとつは水素を作るための酵素、もうひとつはまわりの酸素を取り除くための酵素です。
つまりこの構造は、ふたつの仕事を同時にこなしていました。
水素を作って、メタン菌にエサとして渡すこと。
そしてまわりの酸素を取り除いて、酸素が大の苦手なメタン菌が安心して暮らせる環境を整えること。
メタン菌にとって、これ以上ない「至れり尽くせりのサービス」だったわけです。
しかも水素ボディは、繊毛虫の表面に生えている繊毛の付け根に、寄り添うように集まっていました。
繊毛が多く生えている種類ほど、その根元に並ぶ楕円構造の数も増える──そんなきれいな比例関係まで成り立っていたのです。
研究チームはこの構造を、これまで知られていない細胞内の新たな部分(細胞小器官)として「水素ボディ」(hydrogenobody)と名付けました。
これまでの研究により、繊毛虫の細胞内には水素を作る似た部品(ハイドロジェノソーム)があることは知られていましたが、今回の水素ボディは、それとは明確に別物でした。
昔から知られていた水素生成装置(ハイドロジェノソーム)は仕切りの膜が二重で、ミトコンドリアから進化してきたと考えられているのに対し、水素ボディはたった一枚の膜で包まれていて、ミトコンドリアやハイドロジェノソームとは別ルートで進化してきた可能性があるのです。
しかもその膜は、厚さわずか5ナノメートル。
1ミリメートルの20万分の1という、想像を絶する薄さです。
研究チームは論文のなかで、こうした「膜が一枚だけ」という特徴は、水素ボディがミトコンドリア由来ではなく、従来のハイドロジェノソームとも異なる進化的な起源を持つ可能性を示している、と説明しています。
働きは似ているけれど、生まれも育ちもまるで違う、もう一種類の細胞内部品だったというわけです。
研究を率いた魏苗教授は、こう述べています。「この特徴は、水素ボディがミトコンドリア由来ではないことを示しており、異なる進化的起源を持つ可能性がある」。
働きは似ているけれど、生まれも育ちもまるで違う、もう一種類の細胞内部品だったわけです(詳しくは後述)。





























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