約1万7000年前のアートだった可能性
では、この赤い線はいつ描かれたのでしょうか。
チームは、赤い顔料そのものを直接年代測定したわけではありません。
ヘマタイトは無機物であり、通常の放射性炭素年代測定に必要な炭素を含まないためです。
そこでチームは、赤い線の上に自然に形成された白い方解石の皮膜を調べました。
この皮膜は、絵が描かれた後に壁面を覆うように成長したものです。
つまり、その方解石の年代が分かれば、その下にある赤い線は少なくともそれ以前に描かれていたと判断できます。
チームはウラン・トリウム年代測定を用い、この方解石を分析。
その結果、赤い線は少なくとも約1万5700年前、広く見れば約1万7000年前にさかのぼる可能性が示されました。
これは後期旧石器時代にあたり、もしこの解釈がさらに確認されれば、ブリテン諸島で最古級の洞窟壁画となります。
ただしチームは、年代について慎重な姿勢も示しています。
今回の重要な年代推定は、現時点では単一の分析結果に大きく依存しているためです。
また、洞窟の壁には長い年月をかけて水が流れ、複数の時期に方解石が重なって形成された可能性もあります。
そのため、この発見は「英国最古の洞窟壁画を完全に確定した」と言い切る段階ではなく、「英国最古級の洞窟壁画である可能性が非常に高いものを確認した」と見るのが正確です。
それでも、この発見の意味は大きいものです。
これまで英国の旧石器時代の洞窟芸術は、フランスやスペインの有名な洞窟壁画に比べると、存在感が薄いものでした。
しかしベーコン・ホールの赤い線は、氷期の終わりに近い時代の人々が、ブリテン諸島でも洞窟の奥に何らかの象徴的な痕跡を残していた可能性を示しています。
自然光の届かない暗い空間に、赤い顔料で線を引く。
それは単なる落書きではなく、当時の人々にとって特別な意味を持つ行為だったのかもしれません。
この赤い線が何を表していたのかは、まだ分かっていません。
狩りの成功を願ったものだったのか、儀式の一部だったのか、それとも私たちには読み取れない別の象徴だったのかは不明です。
しかし、1万年以上前の人々が暗い洞窟の奥で赤い顔料を使い、何かを残そうとしたこと自体は、強く想像力を刺激します。
ベーコン・ホールの壁に残された赤い線は、長く「ただの自然現象」と見なされてきました。
しかし最新の分析によって、それは英国の先史時代の芸術史を塗り替える可能性を持つ、人類の古い表現だったことが見えてきたのです。



























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