オーストリアからフランスへ嫁ぐ
マリー・アントワネットは、1755年にオーストリアのウィーンで生まれました。
父親は神聖ローマ皇帝フランツ1世、母親はオーストリアを治めた女帝マリア・テレジアです。
当時のヨーロッパ王室にとって、結婚は個人の恋愛ではなく、国と国を結ぶ外交手段でした。
マリー・アントワネットもまた、オーストリアとフランスの関係を強めるため、フランス王太子ルイ、のちのルイ16世のもとへ嫁ぐことになります。
彼女がフランスへ旅立ったのは1770年のことです。
このとき彼女はまだ14歳でした。

フランス宮廷は、ヨーロッパでもとりわけ洗練された文化と作法を重んじる場所でした。
そのため、オーストリア育ちの少女は、言葉づかい、服装、髪型、立ち居振る舞いに至るまで、フランス風に整えられていきます。
いわば、王太子妃としてヴェルサイユ宮殿に受け入れられるための「徹底したイメージ改造」が行われたのです。
またマリー・アントワネットには、ハプスブルク家とよく結びつけて語られる「しゃくれ顎」の特徴があったともいわれます。
いわゆる「ハプスブルクの顎」は、下顎が前に出る下顎前突症として説明されることが多く、ハプスブルク家の肖像画にもその特徴が見られるとされています。
ただし、マリー・アントワネット本人の歯並びや顎の状態が、どの程度治療を必要とするものだったのかは、慎重に考える必要があります。
肖像画は政治的なイメージづくりの道具でもあり、現代の診断書のように扱うことはできないからです。























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