ファインマンの答え=「だんだん下がっていく合格ライン」

ファインマンの導き出した正解を実行することは、決して難しくありません。
たとえばあなたが、ある街に7泊するとしましょう。毎晩、新しいお店を試していきます。そして心の中に「これ以上のお店に出会えたら、もう探すのはやめて、残りの夜はそこに通おう」という合格ラインを設けておくのです。
ポイントは、この合格ラインがずっと一定ではないということ。最初は高く設定し、滞在の終わりが近づくにつれて、だんだん下げていくのです。
なぜ、こうすべきなのでしょうか。
理由はとてもシンプルです。旅の初日に絶品のお店を見つけられれば、残りの6晩、ずっとそこに通って幸せをかみしめられます。見つける価値がとても大きい。だから最初は、妥協せずに「すごい一軒」を狙うべきなのです。
ところが、旅の最終日にはどうでしょう。今さら新しい名店を見つけても、楽しめる夜はもう一晩しか残っていません。探すうまみが、ほとんどないのです。だったら最後の夜は、「平均より少しでもマシなら、それでいい」と割り切ったほうが得をする。
共同研究者のグリフィス氏は、この本質をこう表現しています。「新しいことを試して情報を得ても、それを活かせる機会はどんどん減っていく」。だからこそ、残り時間に応じて狙いを調整していく必要がある、というわけです。
「最初は高望み、終わりに近づくほどハードルを下げる」。言われてみれば当たり前のようでいて、それを数式できっちり最適化していたところに、ファインマンの非凡さがあります。
コラム:ファイマン流は「どこかで聞いた方法」と何が違うのか?
「いつ探すのをやめて、決めるか」——この悩みを扱う数学は、実は古くからの名門一族です。研究者たちはこれを「最適停止問題」と呼び、今回のファインマン問題も、その一員として迎え入れられました。
一族には、有名な兄姉がいます。長兄は「秘書問題」。応募者を一人ずつ面接し、最高の人材を射止めるパズルです。ただしこの兄には厳しい掟があります。一度見送った相手には、二度と戻れません。
次兄は「スロットマシン問題」。どの台が当たるか手探りで回し続け、儲けを最大化する。広告配信などで実際に使われている働き者ですが、こちらは台の当たり外れが毎回ランダムに揺れ、本当の実力が見えにくいのが悩みどころです。
では、新顔のファインマン問題は、兄たちと何が違うのか。
ファインマン問題では、気に入った店に何度でも戻れます(秘書問題にはできない芸当です)。お店の本当の美味しさは、一度訪れればはっきり確定します(スロットマシンのようには揺れません)。そして競うのは「最高の一軒を当てたか」ではなく、「滞在中の満足の合計点」です。この三つの違いが、研究にとって大きな意味を持ちました。揺らぎや「戻れない」という制約を取り払ったぶん、「探すか・決めるか」というジレンマの核心だけを、混じりけなく取り出せたのです。今回の研究が、人間の判断のクセをこれほど鮮明に映し出せたのは、この”素直なパズル”だったからこそ。半世紀ぶりに発掘された末っ子は、一族の誰よりも、人の心をのぞく窓に向いていたのです。
(※ファインマン流は特に行きつけの店のように『何度でも通える』場面で真価を発揮します。婚活のように『一度お断りした相手と何度も出会いにくい』という状況は、実はファインマン問題ではなく、秘書問題に近い形をしています。とはいえ、最初は高望み、終わりに近づくほどハードルを下げる——という心の動きそのものは、同じです)
ですが、ここで研究は終わりませんでした。
研究チームは、ファインマンの答えをさらに発展させ、街のお店の「当たり外れの傾向」によって、とるべき戦略がどう変わるかまで調べ上げました。すると、もうひとつ発見が見えてきたのです。
たとえば、こんな街を想像してみてください。ほとんどのお店はイマイチなのだけれど、ごくまれに、とびきりの名店が隠れている——そんな「ハイリスク・ハイリターンな街」です。
今回の研究では、こうした街では合格ラインを思いきり高く設定して、長く探索を続けるのが最適だと示されました。なぜなら、粘って探せば、人生を変えるような絶品に出会えるかもしれないから。その一軒の価値が、探し続ける手間を上回るのです。
逆に、いい店が多めだけれど、飛び抜けた絶品は出にくい街ではどうでしょう。この場合は、妥協ラインを低めにして、早めに「ここでいいや」と決めてしまったほうが得になります。長く探しても、劇的に良いお店には出会えないのですから。
これも、私たちが旅先で無意識にやっていることかもしれません。「この街、当たり外れ大きそうだから、もう少し開拓してみよう」「どこも美味しいから、もうこの店に決めちゃおう」——そんな判断を、あなたも自然としていなかったでしょうか。
ファインマンが半世紀前に紙きれに書きつけた数式は、こうした私たちの直感の奥にある仕組みまで、静かに照らし出していたのです。
ただ、ここまでは、ある意味で「数学の上での話」です。そこで次に研究者たちは、ファインマンの正解どおりに、現実の人間が動けているのかを確かめることにしました。


























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