レストランの食事を選ぶ数学、50年間未解読だったファインマンのメモで明らかに
レストランの食事を選ぶ数学、50年間未解読だったファインマンのメモで明らかに / Credit: Richard P. Feynman (estate)
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レストランの食事を選ぶ数学的原理、50年間未解読だったファインマンのメモで明らかに (3/6)

2026.06.08 19:10:22 Monday

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ファインマンの答えを人間の直感と答え合わせ

ファインマンの答えを人間の直感と答え合わせ
ファインマンの答えを人間の直感と答え合わせ / Credit: Richard P. Feynman (estate)

ファインマンの答えは、現実の世界で人々に実行されているのか?

それを確かめるため、研究者たちは2520人もの参加者を集めました。これは、この種の研究としては大きな規模です。

しかも今回の実験には、これまでにない工夫がひとつ施されていました。一人ひとりに、課題を「たった一度だけ」解いてもらったのです。

なぜ、一度きりなのか。同じ課題を何度も繰り返させると、人はだんだんコツを覚えて上達してしまいます。

それでは「練習して身につけた技」を見ることになり、「人がもともと持っている直感」が見えなくなってしまう。今回の研究では、本番の選択を重ねて学ぶ前の、最初の一度きりでどう振る舞うのか——その生のクセを取り出すことに成功したのです。

さて、参加者に出された課題はこうです。

あなたが、ある街に何泊かする旅行者になったつもりで読んでください。

画面には、まだ見ぬお店がずらりと並んでいます。ルールはとてもシンプルです。

毎晩あなたは、たった一つのことを決めるだけ。「今夜は、新しいお店を開拓してみるか」。それとも「これまでで一番良かったお店に、もう一度通うか」。

先にお話しした、あの「探索(新しい店を試す)」と「活用(良かった店を使う)」の二択そのものです。

ただし、ひとつ難しいところがあります。新しいお店の「美味しさ」は、実際に入ってみるまでわからないのです。当たりかもしれないし、ハズレかもしれない。それは、扉を開けてみて初めてわかります。

あなたのゴールは、滞在する夜の数だけ食事を重ねて、その満足度をできるだけ高く積み上げること。つまり、「いい食事だった」と思える夜を、一晩でも多くすることです。

ちなみに、お店の「当たり外れの傾向」、つまり前半でお話しした街のタイプも、参加者ごとにいろいろと変えてあります。泊数も7泊・14泊・28泊と変えて、人間の振る舞いをあらゆる角度から観察できるようにしてありました。

結果は、とても興味深いものでした。

人間もまた、ファインマンと同じように「だんだん下がっていく合格ライン」を使っていたのです。最初は高めに、終わりが近づくほど低く。そこは天才の正解と同じでした。

ところが——その下げ方が、ファインマンとはまるで違っていたのです。

ファインマンの数学的にベストな合格ラインは、なめらかな曲線(非線形)を描いて下がっていきます。最初はゆるやかに、終盤になるほど急に。グラフにすると、やさしくカーブした下り坂のような形です。

いっぽう、私たち人間が使っていたのは——まっすぐな坂道(線形)でした。残りの日数が減るのに合わせて、合格ラインをただ一直線に、トントントンと等しいペースで下げていく。天才が描いた繊細なカーブとは違う、いかにも大ざっぱな「やっつけ仕事」のような下げ方だったのです。

実は、「人はこういう場面でまっすぐな坂道(直線)を使いがちだ」ということ自体は、これまでの別の研究でもうすうす気づかれていました。

けれど、今回の研究はそこから一歩も二歩も踏み込みます。

総泊数も、街のタイプも、いくつも変えて観察した結果、その「まっすぐな坂道」の傾き具合は、どんな街でも、どんな泊数でも、みんなほぼ同じだったことが示されたのです。

人々はただ、街のタイプに応じて坂道のスタート位置(最初の合格ラインの高さ)だけを、ちょっと上げ下げして調整していた。

「傾きは一定、変えるのはスタートの高さだけ」という、人間の意思決定の隠れた設計図とも言えるシンプルな法則が、はじめてくっきりと浮かび上がったのです。

つまり私たちは、ファインマンのような精密な計算などしていない。「とりあえず合格ラインを決めて、あとは終わりに向かって一定のペースで下げるだけ」という、ずいぶんと簡略化した近道を使っていたわけです。

ここまでだと「人間はやっぱり数学のようには動かないのだろう」「ベストな正解を使えない、おおざっぱな生き物なんだな」と思うかもしれません。

ですが、違いました。

確かに人間の行動は、滑らかな曲線とは違っていました。しかし研究チームが、人間の「まっすぐな坂道」戦略の成績を計算してみたところ、驚きの事実が判明したのです。

その大ざっぱな近道は、ファインマンの完璧な正解と、ほとんど変わらないくらい良い成績をたたき出していました。

あれほど繊細な曲線を計算しなくても、「合格ラインを決めて、まっすぐ下げていくだけ」というシンプルなやり方で、天才の最適解にほぼ肩を並べてしまう。

今回の研究では、人間の使うこの簡素な戦略が、この課題では最適解にかなり近い成績に届くことが示されたのです。

私たちの脳は、難しい計算をまるごとサボりながら、ちゃんとゴール間近までたどり着いていた、というわけです。

これは「人間がバカだから手を抜いた」という話では、まったくありません。むしろ逆です。

ファインマンのような完璧な曲線を毎回頭の中で計算するのは、ものすごく大変です。脳にとっては重労働です。それなのに、得られる結果は「まっすぐな坂道」とほとんど変わらない。だとしたら、わざわざ難しい計算をするより、ざっくりした近道で済ませてしまうほうが、よっぽど賢いでしょう。

研究チームは、これを「資源合理性(しげんごうりせい=脳の限られた処理能力を、ムダなく賢く使おうとする性質)」の一例として解釈しています。私たちの脳は、計算の手間を最小限に抑えながら、ほぼ最高の結果を引き出す——そういう、洗練された「賢い手抜き」を身につけているのです。

共同研究者のクリスチャン氏は、こう語っています。

「人は最適なことをいつもするわけじゃない。近道やヒューリスティック(経験にもとづく大ざっぱな判断のコツ)を使う。でも、その近道が、驚くほど、不気味なほどに優秀なんです」。

天才の精密な正解と、いわば凡人のやり方。その差は、私たちが思っていたよりも、ずっと小さかったようです。

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