ヒト受精卵の遺伝子編集で有望な成果が報告された――最高の赤ちゃんにどこまで迫れるか?
ヒト受精卵の遺伝子編集で有望な成果が報告された――最高の赤ちゃんにどこまで迫れるか? / Credit:Canva
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ヒト受精卵の遺伝子編集で有望な成果が報告された――最高の赤ちゃんにどこまで迫れるか? (4/4)

2026.06.08 21:00:57 Monday

前ページ予想外の発見と、立ちはだかる壁

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「最高の赤ちゃんを」──商業化の足音

「最高の赤ちゃんを」──商業化の足音
「最高の赤ちゃんを」──商業化の足音 / Credit:Canva

今回の論文を率いたエグリ博士の周辺には、商業化の足音も聞こえてきます。

論文によれば、今回の染色体解析にはGenomic Prediction社が協力しています。さらに報道によれば、共著者のネイサン・トレフ氏は別の胚検査企業ニュークレウス・ゲノミクス(Nucleus Genomics)に所属しており、同社が今後の研究を支援する予定だといいます。

2021年に設立されたニュークレウスは、体外受精の胚を対象に数千種類の遺伝性疾患をスクリーニングするサービスを提供していますが、それだけではありません。心臓病や糖尿病のリスク予測に加え、知能や身長といった特性に関連する遺伝子を調べる「遺伝的最適化」検査も手がけています。

2025年11月、同社はニューヨーク市の地下鉄に「最高の赤ちゃんを(have your best baby)」と呼びかける広告を大量に出し、大きな論争を巻き起こしました。

一連の報道によれば、トレフ氏は「胚の段階で病気の原因となる変異を修正できれば、本来なら廃棄していた胚を移植できるようになる」と述べています。

同社CEOのキアン・サデギ氏も、胚編集を「論理的な次の一歩」と位置づけ、「これらはすべて同じ目的の一部だ。患者がより健康な子どもを持つために、より十分な情報に基づいた選択を手助けすることだ」と語っています。

広報責任者のケイトリン・ギャラハー氏は、「完全な“遺伝的最適化”の一式の一部として、こうした技術を臨床医療に取り入れていく自然な道筋だ」と述べたと報じられています。

では、仮に先ほどの問題(mRNAによる停止やモザイク)がすべて解決したとして、近い将来、デザイナーベビーは本当に作れるのでしょうか。

少なくとも身長や知能となると、まだ難しそうです。

2022年に発表された540万人規模の大研究では、身長に関わる遺伝子の変異が1万2000個以上もあることが分かりました。

しかも、よく知られた例として挙がるHMGA2という遺伝子の近くの変異でさえ、効果は1つあたり約0.4〜0.5cmにすぎません。

知能はさらに厳しく、2018年の27万人規模の研究では、知能に関わる遺伝子が1016個も見つかりましたがその一つひとつは、最も影響が大きいものでさえ、IQの変化に及ぼす影響度は小数点以下でした。

一方、今回の編集についてエグリ博士は、報道のなかで「同時に書き換えられるのは、せいぜい3つか4つ、よくて5つが限界」と語っています。

身長は1万2000個、知能は1016個。それなのに、いじれるのはせいぜい5個。まさに焼け石に水です。

サデギ氏自身も、知能や身長のために胚を編集することは「現状では非現実的」で、そうした特性は「非常に複雑で、多くの遺伝子の複合的な働きによるため、塩基編集では実現できない」と認めていると報じられています。

ただ、公正を期すために「有用な場合」があることも付け加えます。

たった1つの遺伝子が、体に劇的な影響を与える場合も確かにあります。

その好例が、まさに今回標的になった悪玉コレステロールの遺伝子(PCSK9)です。

この1つをオフにするだけで、LDLコレステロール値が大きく下がり、心臓病リスクが劇的に減ることが知られています。

また、マルファン症候群では、FBN1というたった1つの遺伝子の変異が、極端な高身長や心臓弁の異常を引き起こします。

つまり、特定の病気リスクを1つの遺伝子で大きく変えられるケースは、確かに存在するのです。

塩基編集が本当に力を発揮するのは、こうした「少数の遺伝子が決定的な役割を握る」場面でしょう。

しかしそれは、「頭のいい子」や「背の高い子」を自由に設計するという話とは、根本的に別物です。

エグリ博士自身、報道によれば胚の「能力増強」には断固反対の立場で、「技術の誤った使用を思いとどまらせる情報を提供するためにこそ、研究が必要だ」と強調しています。

もっとも、現在の形で生殖を目的とした胚の遺伝子編集は、多くの国で禁止・規制されています。

ヒト胚を、染色体を壊さずに精密に書き換える技術は、確かに一歩前進しました。

しかし、それを使うべきかどうかは、まったく別の問いです。

その答えは、科学者だけでなく、私たち社会全体で考えていく必要があるのでしょう。

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