生命の形も遺伝だけでなく物理が効いていた

多細胞化がいったん始まったあと、細胞の集まりはどうやって複雑な体の形を作り上げていくのか。ここでも物理法則が大きな役割を果たしていると論文は指摘しています。
理由はシンプルです。細胞の集まりが大きくなると、酸素や栄養は表面からしか入ってこられません。集まりが大きくなるほど、中心部は酸素不足・栄養不足に陥る。このままでは内部の細胞は死んだり弱ったりしてしまいます。
生命は、この「中心に届かない」問題に対して、進化の中で3つの形の解決策を繰り返し編み出してきました。
1つめは空洞を作ること(キャビテーション)。初期胚の内部に空洞ができる現象は、魚や両生類、哺乳類など幅広い動物で見られます。哺乳類ではこの空洞が「胚盤胞」と呼ばれる形で現れます。
2つめは折り畳むこと。脳のシワ、小腸のひだ、神経管の形成はすべて折り畳みの産物です。しかも折り畳まれた場所では力のかかり方が変わり、その差が遺伝子のスイッチまで切り替えてしまうことがわかっています。
3つめは枝分かれ。肺の気管支、血管、神経の枝などがいい例で「少ない命令コストで複雑な形を生み出す」ことが可能です。
そしてこの空洞も、折り畳みも、枝分かれも、言ってみれば物理側の要求です。
研究者たちは、このような物理側の要求を満たすように遺伝子が答えることが体を形作る根底にあると考えています。
遺伝子だけで物理的な形が決まるのではなく、物理がレールを敷いて、それに合わせて遺伝子が応えていったという流れになります。
物理法則はそれ自体が「形の答え」になっているとも言えるでしょう。
そのおかげで遺伝子は、ヒトではおよそ37兆個とされる細胞の1つ1つに「ここに行け」と指示する必要がなくなります。物理が下書きを描いてくれるから、「能力の付与」に専念できたのです。
では物理法則が形の下書きを提供するなら、遺伝子は何をしているのか。
論文によれば、細胞の運命は「あらかじめ決まった結論」ではなく「リアルタイムの交渉」で決まるとしています。
細胞は遺伝子という指示書を持ってはいますが、最終的に何をするかは周囲との対話の中で決まるというわけです。
この交渉のしくみを検証するように、近年、幹細胞を使って人工的に胚のようなもの(胚モデル)を作る技術が急速に発展しています。
たとえばマウスのETX胚様体は、3種類の幹細胞を使って組み立てることで作られます。
この疑似的な胚は8.5日間にわたって発生を続け、これまで通常の胚でしか見られなかった発生過程の一部まで再現できることが示されました。
ところが、ここから見えてきたのは「正しい部品を揃えるだけでは生命は組み上がらない」という意外な事実でした。
プラモデルなら、部品が全部揃っていれば順番を間違えても完成にこぎつけられます。
しかし生命は比率、位置、タイミングのすべてが噛み合わないと、胚モデルとして命のまねごとを上手く始めてくれなかったのです。































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