そのリスは、何者だったのか

ここまで「リスのフン」の分析結果を追ってきましたが、このフンを出した「リス本人」は一体何者だったのでしょうか?
研究が始まった当初、研究者たちは今も同地域に生息するホッキョクジリス(Urocitellus parryii)と同じ種だと考えていました。
これまでこの地域で見つかった氷河期のジリスの化石は、ほぼすべて現生のホッキョクジリスの仲間として整理されてきたからです。
実際、骨格もそっくりでした。
ところがDNAを詳しく調べてみると、まったく違う姿が浮かび上がってきました。
3万年前のサンプルですら、現生のホッキョクジリスの「主流の系統」とは別の枝に属していたのです。
8万年前のサンプルも同じでした。
つまり、この地域の氷河期のリスたちは、この地域の北部や南部に今住んでいるホッキョクジリス(主流系統)とは遺伝的には、明らかに別の枝に属していたということです。
マーチー氏は「私たちが同じ種だと思い込んでいたものは、実は今いる種とは違うようなのです。どこかの時点で、集団の入れ替わりが起きていたのです」と述べています。
では70万年前のリスは誰に近いかというと——なんと、今のシベリア、モンゴル、中国、カザフスタンに住んでいるナガオジリス(Urocitellus undulatus)に最も近い、独自の系統でした。
北極から見下ろせば、アメリカ大陸のカナダ北西部とユーラシア大陸のシベリアはベーリング海峡を挟んだ隣同士です。
氷河期にはこの海峡が陸橋でつながっていたこともありました。
研究チームの計算によれば、この70万年前のリスはナガオジリスとも約110万年前に分かれた、独自の枝(系統樹の枝)を歩んでいた集団だった可能性が示されています。
マーチー氏は「進化系統樹の中で、独自の枝に位置しているんです。最も近い親戚は、今の中国にいるリスなんですよ」と述べています。
70万年前のフンの主は、現在は遠方に親戚だけがいるだけで、この世界のどこにも、もういないリスだったのです。
彼らが消えてしまったのはなぜなのでしょうか?
鍵を握るのは、氷河期と間氷期の繰り返しです。
更新世の地球は、数万年〜十数万年の周期で「寒い時代(氷河期)」と「暖かい時代(間氷期)」を何度も往復していました。
そしてカナタ北西部のジリスの巣穴記録は、とくに寒冷期に集中して見つかります。
理由は永久凍土にあります。
ジリスが巣穴を掘るには、地面の表面付近が季節的に溶ける「活動層」が十分に厚い必要があります(約1メートル)。
ただし、永久凍土そのものは固すぎて巣穴掘りの妨げになります。
つまりジリスは「柔らかな層がそれなりに厚く、その下に永久凍土がある」という絶妙なバランスの土地を必要としているのです。
著者たちは、暖かい時代にジリスがいなくなり、次の寒い時代が来たときに周辺地域から別の集団が入り直した可能性を論じています。
マーチー氏は、この時間スケールについてこう語っています。
「このタイムスケールには謙虚な気持ちにさせられます。サンプルの中には、私たちの種よりも古いものがあるのです。現代的な体形のホモ・サピエンスが登場したのはおよそ30万年前ですが、最も古いサンプルは約70万年前のものです。つまりこのリスたちは、私たちのような人間が存在するはるか以前から、生き、集め、食べ、貯蔵し、そしてこの小さな生物学的アーカイブを残していたのです」
氷河期と間氷期を繰り返す地球の気候変動の中で、北極のリスは何度も顔ぶれを変えながら、その時代その時代の風景の一部となっていました。
そして私たちはそのことを70万年の時を超えて一粒のフンから知ることになったのです。




















































