なぜ「動く物体」が、そんなに幅を利かせるのか

なぜ、静かに写っている背景の色ではなく、わざわざ「動く物体」の色が、こんなに強く効いてくるのでしょうか。
研究チームは、こう考えています。
画面のある一点で、何が起きているかを追ってみます。動く物体がそこを通り過ぎる瞬間、その一点の明るさや色は、めまぐるしく移り変わります。さっきまで背景だったのが、急に物体の色になり、また背景に戻る。
じつはこれ、「次を当てる」のが仕事のAIにとって、いちばん手こずる、やっかいな相手なのです。
じっと動かない背景は、次も同じだろうと高をくくれます。予測は楽です。ところが動く物体は、いつ、どこを、どんな色で横切るか分からない。油断できません。
だから予測AIは、いきおい動く物体のほうに神経を集中させ、その扱いを必死に勉強することになります。
そして「こういう動きのときは、こういう色が来る」という結びつきを、深く、しつこく覚え込むのです。
すると、白黒のの明滅のリズムを浴びたAIは、それを「見覚えのある、色を持った動く物体」と勘違いしてしまい、さんざん覚え込んだはずの色を、その白黒の弧の上に、うっかり重ねてしまうのです。
言い換えれば、AIは白黒の弧を、これまでの経験にもとづいて「色のついた動く物体」のように扱ってしまったわけです。
幽霊の色とは「この動きには、この色」という学習が、白黒のコマを前にして、つい漏れ出てしまったもの——そう考えることができます。
真犯人は「回転」ではなかった
ここまでの話は、すべて「回るコマ」が舞台でした。回転するから、弧が明滅する。明滅するから、AIが色を出す。筋は通っています。
でも、研究グループは、最後にもうひとひねり加えます。
ほんとうに”回転”が色を生んでいるのか、それとも回転はただの脇役なのかを確かめるため回転を、まるごと取り除いてみたのです。
用意したのは、回りもしない、じつにそっけない刺激でした。
まず黒一色の画面。つぎに、白い画面の上のほうへ黒い横線を数本ぱっと引き、続いて下のほうへ数本ぱっと引きます
上、下、上、下と、線が現れては消えるだけ。円盤もなければ、回転もどこにもありません。
ただし、一つだけ受け継いだものがあります。明るさが入れ替わる時間的なリズムだけは、ベンハムのコマとそっくり同じに保ってあるのです。
いってみれば、回るコマをハサミで切り開いて、まっすぐに伸ばしてやったような刺激です。
この点滅する線を、訓練済みのAIに見せるとやはり、色が出ました
そして点滅の順番を逆さまにすると、色もきれいに入れ替わったのです。
回るコマで見られた「逆回しで色が反転する」あのクセと、まったく同じことが、回転なしで起きました。
私たちが「回転が色を生んでいる」と思い込んでいたその現象、じつは踊っていたのは回転そのものではありませんでした。
真犯人は、目に届く明暗が刻む「拍子」のほうだったのです。回転は、ちょうどよいリズムの拍子を生み出すための、いち手段にすぎませんでした。
このAIに生じた人工主観色は、「赤い四角の色」といった特定の記憶が、そのまま焼き付いたものではありません。
もっと一般的な、「明暗の拍子と、色との結びつき」を、AIが日々の映像経験のなかで学び取った結果として現れるのです。
私たちが暮らしのなかで浴びている映像には、じつは「こういう明暗の移ろいのときは、たいていこういう色である」という統計的な傾向が、そこかしこに埋め込まれています。
次を予測する仕組みは、その傾向を、知らず知らずのうちに学んでしまう。
そして白黒のコマは、その学んだ賭けを、うっかり漏らしてしまっているのかもしれない、というわけです。
ただ今回の結果が即人間にも同じように当てはまるかは、まだわかりません。
今回わかったのは、「AIがこう振る舞うのだから、脳も絶対こうに違いない」という断定ではなく、「脳の予測という働きを考えるための、新しい手がかりが得られた」ということです。
それでも、この研究が差し出す視点の転換は、なかなかに刺激的です。
幽霊の色は、目にあるのか、脳にあるのか、という問いに対して、「次を予測する」脳の働きが、網膜での処理に加えて関わって生まれてくる可能性が見えてきたからです。
そして、この見方は、もうひとつ大きな問いへと私たちを連れていきます。
もし、あの色が「これまで浴びてきた映像で、その拍子に一番よく伴っていた色」から生まれるのだとしたら私たちひとりひとりが見る色は、その人がこれまで見て育ってきた”色の環境”に、静かに左右されているかもしれない、ということになります。
これは今後、人間で確かめるべき課題と言えるでしょう。
200年ものあいだ研究者を惹きつけてきたこの問いに、**答えを教わってもいないAIが、予測を学んだだけで、色を教わらないまま、人間で見られるクセに辿り着いた。**
この結果は、視覚の謎を解く重要な手がかりになるはずです。






























