承認待ちは「どこが危険」なのか?
他人の承認を求める習慣が厄介なのは、それが社会的に望ましい態度のように見える点です。
何かを決める前に必ず周囲へ確認する人は、独断的ではなく、思慮深い人物に見えます。
自分の意見をすぐに口にせず、場の空気を読んでから発言する人は、冷静で協調性があるように見えます。
職場や家庭によっては、こうした態度が積極的に評価されることもあります。
そのため、本人も「承認を求めているのではなく、単に慎重に振る舞っているだけだ」と思い込みやすいのです。
しかし、周囲の意見を参考にすることと、周囲の反応によってしか行動できないことには大きな違いがあります。
自分の価値観に合っているから行動する場合、その行動には自分なりの意味があります。
一方で、誰かを失望させたくないから行動したり、罪悪感や恥を避けるために努力したりする場合、行動の理由は自分の外側にあります。

また、承認を求める習慣が強まると、何かをやり遂げたときにも、自分だけでは満足しにくくなる可能性があります。
本来なら「昨日より上達した」「最後まで終わらせた」という事実そのものから、ある程度の達成感を得られます。
ところが、他人の反応が報酬になっていると、仕事を終えても、褒められるまでは満足できません。
作品を完成させても、反応が少なければ失敗したように感じます。
努力そのものよりも、その努力が誰かに認められたかどうかが重要になってしまうのです。
この状態では、モチベーションがなくなったというより、自分でモチベーションを生み出す回路を使わなくなっていると考えたほうが近いかもしれません。































