ヒレナガゴンドウの声を聞いただけで逃げた
結果は明瞭でした。
ヒレナガゴンドウの声が流れると、シャチはゆっくりと方向を変えながら動く状態から、速く直線的に移動する状態へ切り替わりました。
移動中の平均速度は、音を再生していない時間の秒速1.5メートルから、ヒレナガゴンドウの声を再生している間には秒速2.7メートルへ上昇しました。
8頭のうち4頭は音源から離れるように明確に方向を変え、ほかの個体にも速度を上げて音源の近くを通り過ぎる反応などが見られました。
一方、比較用の雑音を流した実験では、5頭中4頭に明確な回避反応がありませんでした。
変化は泳ぐ方向や速度だけではありません。
シャチは個体同士の間隔を狭め、横に並び、同じ方向へまとまって泳ぐことが増えました。
これは、群れ全体が足並みをそろえて、その場から離れようとした可能性を示しています。
最初にはシャチの鳴き声が増える場合もありましたが、再生後には発声が大幅に減り、8例中5例ではまったく鳴かなくなりました。
チームは、最初の発声には仲間へ警戒を伝え、群れの移動を調整する役割があった可能性を挙げています。

ただし、この実験が示したのは、シャチがヒレナガゴンドウの声を潜在的な脅威として受け取り、短期的な回避反応を示すということです。
シャチが人間と同じ意味で「恐怖」を感じたことや、ヒレナガゴンドウの方が強いことまで証明されたわけではありません。
また、反応の多くは音の再生が終わると弱まり、シャチが調査海域そのものから立ち去ることもありませんでした。
なぜシャチが避けるのかについては、ヒレナガゴンドウが集団で相手を追い払う「モビングに似た行動」、大群の声による通信妨害、生息場所をめぐる競争などが候補に挙げられています。
しかし直接的な攻撃の記録はなく、決定的な説明はまだ得られていません。
海の王者に見えるシャチも、あらゆる相手と戦うわけではありません。
相手の声から接近を予測し、余計な争いが始まる前に距離を取ることも、頂点捕食者が海で生き抜くための賢い選択なのでしょう。































