「自分の常識はみんなの常識」は誰にでも起こる
ここまでは主に職場で起こりがちな、年配者からの意見を押し付けについて述べましたが、、ネット上では自分の意見をまるで社会の合意であるかのように語る人たちも目立っています。
そのため、ここからは全年齢の人で起こり得る「自分の常識はみんなの常識」という考え方の原因について考えていきます。
都合のよい事実だけを集める「確証バイアス」
米国タフツ大学(Tufts University)の心理学者レイモンド・ニッカーソン(Raymond S. Nickerson)は、1998年に発表した総説で「確証バイアス(confirmation bias)」に関する研究を幅広く整理しました。(Nickerson, 1998)
確証バイアスとは、自分が信じている考えを支持する情報ばかり探してしまい、それに反する情報は軽く扱ったり、都合よく解釈してしまう傾向のことです。
例えば、「厳しい指導は人を成長させる」と信じている上司は、厳しく指導した後に成果を上げた部下をよく覚えている一方、同じ指導によって自信を失った人や、職場を去った人については「本人に意欲がなかった」「最近の若者は打たれ弱い」と別の原因を当てはめる可能性があります。
すると成功例だけが経験として残り、上司の信念はさらに強くなります。
これがいわゆる確証バイアスです。
しかし、同じことは若い人でも起こります。
例えば、「仕事は効率さえ良ければ、働く時間や職場での人間関係は重要ではない」と考えている人は、スムーズに成果を上げた事例だけを、自分の考えを裏づける証拠として重視し、情報共有の不足で作業のやり直しが生じたり、周囲との連携が取れずに仕事が遅れたりしても、「上司の指示が曖昧だった」「無能な同僚に足を引っ張られた」と解釈して、自分の考え方を見直さない可能性があります。
なので確証バイアスは、年配者だけが持つ問題ではありません。
そのため対立する双方が、自分の考えに合う事例だけを集め、「やっぱり自分の考えは正しい」という印象を強めてしまう可能性は十分にあるのです。
「自分は偏っていない」と感じる素朴実在論
人は、自分の意見を個人的な価値観から生まれたものではなく、「事実を客観的に見た結果だ」と考えやすい傾向があります。
この心理は「素朴実在論(naive realism)」と呼ばれます。
自分の判断が客観的だと思っていると、「同じ事実を冷静に見れば、他の人も自分と同じ結論になるはずだ」と考えます。
そのため、異なる意見を持つ相手については、「必要な情報を知らない」「感情や利害に左右されている」「先入観を持っている」と解釈しやすくなります。
米国スタンフォード大学(Stanford University)のエミリー・プロニン(Emily Pronin)氏らが行った研究では、参加者は他人よりも、自分の方が様々な認知バイアスの影響を受けにくいと評価しました。(Pronin, 2002)
つまり、人は他人の偏りには気づきやすい一方で、自分自身の偏りには気づきにくいのです。
双方が自分を客観的だと思っていると、相手の意見は「常識がない」「何も分かっていない」と判断しやすくなります。
結果、互いの考えが生まれた背景を理解するよりも、相手の知識や判断力に問題があると捉えやすくなり、対立も深まりやすくなるのです。
「普通はこうする」を生む偽の合意効果
さらに人間は、自分と同じ考えを持つ人の割合を実際より多く見積もる傾向があります。
これは「偽の合意効果(false consensus effect)」と呼ばれます。
米国スタンフォード大学(Stanford University)のリー・ロス(Lee Ross)氏らは1977年、四つの研究を通じてこの傾向を調べました。(Ross, 1977)
参加者は、ある状況で二つの行動のどちらを選ぶかを答えた後、ほかの人がそれぞれの行動を選ぶ割合を予測しました。
その結果、自分が選んだ行動について、他の人も同じ選択をする割合を高く見積もる傾向が確認されたのです。
この効果が働くと、個人的な意見が「普通の人なら同意する意見」に変わります。
「普通は上司より先に帰らない」
「社会人なら休日でも仕事の連絡を確認する」
「若者はみんな責任を避けたがっている」
こうした言葉の背後には、自分や身近な人の考え方を、世の中の多くの人に共通する「普通の感覚」だと思い込んでしまう心理が潜んでいます。
意見のズレは双方向の問題
確証バイアス、素朴実在論、偽の合意効果は、誰にでも起こる認知上の問題であり、意見が対立したときに、どちらか一方だけが偏っているという話ではありません。
世代、育った環境などでもみんな考え方は異なります。
問題の中心は、どちらが正しいかではありません。
自分の経験から生まれた価値観を唯一の常識だとみなし、異なる背景を持つ相手の判断を最初から誤りとして扱ってしまうことにあるのです。
こうした特性を知っていると、自分には受け入れがたい考えの人に出会ったときも、多少は相手のことが理解できるようになるかもしれません。


























物理学で不幸を生み出す、ミーム研究により、弱者へ長期間や短期間でも不幸を齎し、物理学を扱う学術者が断罪主義を実践するのは、科学としての価値を矛盾させ、学問への信頼を失わせているよ!法の支配を悪用や断罪にせずに、是非とも安全に利用してください。
ちょっと何言ってるか分からない
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つまり人間は年齢を重ねると、新しい状況をその場で分析して解決する力が低下しやすくなり、過去に蓄積した知識や経験でカバーする傾向が高くなっていくのです。
そのため、ある上司が「新人の頃に厳しく叱られたことで成長できた」と感じていた場合、その個人的な成功体験が、加齢後に「新人は厳しく叱らなければ成長しない」という、すべての部下に当てはまる法則へと変わってしまう可能性があるのです。
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↑論理の飛躍では?前後の内容がつながってない。
若者が「そのやり方は非効率です」「その残業は必要ありません」って言うのは良くて、
老人が「そのやり方は非効率です」「この残業は必要です」っていうのは社会常識の押し付けですか?
今の状況を正しく分析して発言しているかの違いだと思いますよ?
自分の常識は社会の非常識(どちらが正しいとは言ってない)
と思ったまま歳をとれば老害にはならないのだな
道徳的で慎み深いこと、思慮深く品格を備えていることは優先されるべきですが、自尊心を育まずに自負も矜持も持てない生き方は心理的精神的な成長を阻害するため、自分は非常識だという枷を背負ったまま生きるのは良い生き方とは言えないんじゃないですかね
双方の正しさがあると理解することと常に自分が間違っているかもしれないと念頭に置いて生きることはまた違いますし、老害化を恐れて先駆者が口出しも行動もし無くなるともなれば、社会的な先細りを歩むことになりかねません
自分の常識は相手の非常識って転職した先の新上司に初日に言われてから心に留めて他者の話はきくようにしてる。意見がぶつかったり違和感があっても妥協点探さなきゃ仕事にならないしストレス抱えすぎる前に線引きできるからモヤモヤ溜まったときに効くフレーズ