「糞便革命」がカンブリア爆発を後押ししていた

うんちが海を変えた仕組みの鍵は、その「沈む」という性質にあります。
動物の糞は、有機物や栄養素がぎゅっと詰まったかたまりです。
海の表層で暮らす動物たちが排泄した糞の粒は、やがて海中をゆっくりと沈んでいき、炭素や鉄、窒素、リンといった生命に必須の栄養素を、より深い場所へと運びます。
ここで重要なのは「かたまりである」という点です。
動物の死骸やプランクトンの残骸のような細かい有機物の粒は、軽いために沈むのに時間がかかり、深くたどり着く前に分解されたり他の生物に食べられたりして、表層で使い回されてしまいます。
ところが糞は、栄養がひとかたまりに梱包された状態で排出されるため、分解される前に沈みやすいのです。
とはいえ小さな糞は、やはり途中で分解されたり食べられたりしてしまいます。
深くまで無事に届くのは、十分に大きな糞や、くっつき合って大きくなった糞のかたまり。
つまり「糞が大きいこと」自体が、栄養を遠く深くまで届ける力になるのです。
いわば栄養を深海まで運ぶ「糞の宅配便」であり、この仕組みは現代の海でも立派に現役です。
糞の粒は、海面から深海へ栄養を送り届ける循環システム(生物ポンプ)の重要な部品であり、海中を漂い沈んでいく栄養のかけら(粒子状有機炭素)に占める割合は、動物プランクトンの糞だけで最大100%に達する海域もあるほどです。
研究チームが提案したのは、この「栄養の宅配便」がまさにカンブリア紀に開業したというシナリオです。
まとまったうんちがまだ登場していなかったエディアカラ紀、深い海へ届く栄養は乏しく、動物にとって住みにくい場所だったとみられます。
ところが本格的な消化管を持つ動物が増え、糞が大量に生産されるようになると、それまで届きにくかった沖合や深部にまで栄養が供給されるようになります。

栄養豊かになった海底には、堆積物を食べる動物たちが次々と進出。
さらには、うんちそのものをごちそうとして食べる動物(糞食動物)まで登場しました。
糞という新しい食料資源の誕生が、それを食べるという新しい「生き方」まで生み出したのです。
実際、カナダの約5億年前の地層からは、完全な姿の三葉虫などが糞の化石の上に乗った状態で見つかっています。
糞の上で食事をしていた姿がそのまま残されたと解釈されており、食べていたのは糞そのものか、あるいは糞の上で繁殖した微生物だった可能性が指摘されています。
うんちに群がる動物たちの「現場」を示すとみられる、貴重な証拠といえるでしょう。
そしてここから、動物の増加を加速させる好循環が回り始めます。
動物が増えて大型化するほど、うんちも大きく大量になる。
大きなうんちが増えるほど栄養は海の深くまで届きやすくなり、より多くの動物を養えるようになる。
するとまた動物が増えて・・・という正のフィードバックループです。
研究チームはこの連鎖を「糞便革命」と呼んでいます。
カンブリア紀に動物のサイズが急拡大したことが糞のサイズも押し上げ、生態系の確立をさらに加速させたと研究チームは指摘しています。
もっとも、この新説は酸素濃度の上昇といった従来の説を否定するものではありません。
地球のシステムは常に複数の要因が絡み合って動くものであり、うんちはその中で「見落とされてきた重要なピース」だったという位置づけです。
それでも研究チームの主張は明快です。
糞の化石を「誰が誰を食べたか」を示す捕食の証拠として扱うだけの時代は終わり、進化の革新と生態系の多様化を加速させた駆動力として探求すべきだ——。
私たちが今日も何気なく水に流しているあの存在が、約5億4000万年前の海では地球の生命史を塗り替える革命の主役でした。
トイレで少しだけ、遠い祖先たちが暮らした海に思いを馳せてみるのも悪くないかもしれません。

































