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※ 画像はイメージです/ Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部
history archeology

トルコの古代都市で、2500年前の「謎の巨大像」を発掘 (2/2)

2026.08.26 17:00:54 Wednesday

前ページ道路の下から現れた高さ2メートル超の巨大像

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なぜ最新技術で「100年前の姿」を彫ったのか

この不思議な組み合わせを理解するには、当時のサルディスの歴史を見る必要があります。

サルディスは紀元前7~6世紀、リディア王国の首都として栄えました。

リディアは豪華な衣服や香水などで知られ、世界最初期の貨幣を生み出した文明としても知られています。

しかし紀元前546年、ペルシャのキュロス大王によって征服され、サルディスはアケメネス朝ペルシャの地方行政の中心地となりました。

今回のが作られたのは、そのおよそ1世紀後です。

それにもかかわらず、彫像には目立ったペルシャ風の表現が見られません。

さらに同時代のギリシャで若い男性像が裸体で表現されることが多かったのに対し、この男性は薄いキトンや外衣をまとい、その下には特徴的な横方向のひだを持つ衣服まで身につけています。

これはリディアやアナトリアの文化を強く反映した装いと考えられています。

調査責任者のニコラス・ケイヒル氏は、彫刻家が当時のギリシャや地中海世界の最新様式を知りながら、あえて古い時代の髪型や服装を選んだ可能性を指摘しています。

つまり征服によって政治体制が変わった後も、サルディスの人々はかつてのリディア王国時代を自分たちの文化的な過去として意識していたのかもしれません。

調査中の別の画像がこちら

この像が誰を表しているのかは、まだ分かっていません。

ただし裕福な市民や政治的な有力者の像だった可能性があり、文献に登場する母なる女神キュベレーの聖域など、重要な宗教施設に置かれていた可能性も検討されています。

古代では有力者が神の近くに自分の像を置き、永続的に神を礼拝する姿を示したり、神との結びつきを通じて自らの権威を表現したりすることがありました。

今回の巨大像も、そうした目的を持っていたのかもしれません。

その後、サルディスはギリシャ系勢力やセレウコス朝を経てローマの支配下に入り、かつて重要人物を象徴したかもしれない彫像は、いつしか2つに割られて道路の一部へと姿を変えました。

皮肉にも、その扱いによって約2500年前の姿が現代まで残されることになったのです。

チームは現在、彫像の洗浄と分析を進めています。

古代の大理石像はもともと彩色されていることが多かったため、表面に残る微細な顔料の痕跡も調べられる予定です。

修復後は破片を接合し、トルコの博物館で展示される計画です。

古代の道路から現れたこの「謎の巨大像」は、単なる珍しい彫刻ではありません。

最新の技術を使いながら、あえて100年前の文化をまとわせたその姿には、国を失った後も過去とのつながりを保とうとした人々の意識が刻まれている可能性があります。

これから調査が進めば、この男性が誰だったのか、そしてなぜ古いリディアの姿を選んだのかについて、さらに手がかりが得られるかもしれません。

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