DNAの上に書き込まれた「老いの記録」とは

研究チームが注目したのは、DNAそのものではなく、その上に書き込まれた「化学的な目印」です。
DNAの部品には「メチル基」という小さな化学の札がくっつくことがあり、この札の付き方の全体像は「メチローム」と呼ばれています。
細胞はたえずDNAの情報を読み取ってタンパク質を作っていますが、メチル基はその読み取りを止める小さな通行止めのように働きます。
こうした目印は「エピジェネティックな目印」と呼ばれ、遺伝子がどれだけ働くかの調整に関わっています。
そしてDNAの上でのメチル基の並び方は、動物が年をとるにつれて、ある程度予測できる形で変わっていきます。
この変化を利用して、人を含むさまざまな動物で、体の「生物学的な年齢」を測る「エピジェネティック時計」が作られてきました。
実は犬は、この老いを調べるのにうってつけの動物です。
飼い主たちが、愛犬が何を食べ、どう暮らし、健康がどう変わってきたかを熱心に見守っているからです。
そこで研究チームは、米ワシントン大学を拠点とする長期研究「ドッグ・エイジング・プロジェクト」に参加する894匹の犬の血液から、1640件のメチロームを調べてDNAの時計を作りました。
血液で調べたのは免疫細胞で、全身をパトロールするこの細胞は、体全体の老いを映す良い物差しになると研究チームは考えています。
研究チームはこのDNAの時計を手に、体の大きさが違う犬たちの老い方を比べていきました。
大型犬のDNAの時計は、どんな速さで進んでいたのか?

まず研究チームは、作ったDNAの時計が本当に老いを映しているのかを確かめました。
すると、DNAの年齢が実際の年齢から予想されるよりも上だった犬ほど、原因を問わず死亡するリスクが高いことがわかりました。
つまりこの時計は、犬の死亡リスクを予測できる物差しになっていたのです。
また、DNAの上での老いは、一生のうちでも若い時期にもっとも速く進むことも明らかになりました。
そして体の大きさごとに老い方を比べると、はっきりとした違いが現れました。
大型犬は小型犬よりも、1年を生きるごとにDNAの時計の針が少しだけ速く進んでいたのです。
研究者のノア・スナイダー=マックラー氏は「この時計で見ると、大型犬は小型犬よりも、生きる1年あたりの老いが少しだけ速かった」と話しています。
さらに、寿命が短いことで知られるオスの犬でも、分子レベルの老化が速く進んでいました。
興味深いのは、この2つの違いが、DNAの上の別々の場所に現れていたことです。
オスとメスの違いによるメチル化(DNAにメチル基がくっつくこと)の変化はX染色体に集中していた一方、体の大きさに関わる変化は「トランスポゾン」と呼ばれる部分で特に目立っていました。
ちなみに、人で年齢と関わることが知られている遺伝子について、犬でそれにあたる遺伝子を調べると、年をとるにつれて人と同じ向きのメチル化の変化が見られました。特に免疫の働きに関わる部分の変化が共通していました。
年をとった犬では、目印の少なかった場所に目印が増え、びっしり付いていた場所からは少しずつ目印が消えていくこともわかりました。
さらにDNAの目印の付き方で見ると、免疫細胞どうしが年とともに似通っていくように見えました。
免疫細胞はがんを防いだりウイルスを倒したりと役割ごとに専門化しているため、似通っていくと持ち場の仕事をこなしにくくなることが、これまでの研究から示唆されています。
研究チームのブレイズ・マリナー氏は、この「細胞らしさの喪失」が、体が老いるときに起きることを説明する重要な仮説だと述べています。
大型犬の老いを速める一因かもしれない「動く遺伝子」

では、体の大きさに関わる変化が目立っていたトランスポゾンとは、どんなものなのでしょうか。
トランスポゾンは「動く遺伝子」とも呼ばれ、ゲノム(生物がもつDNAの情報の全体)の中を移動する可能性をもつDNAの領域です。
ふだんはメチル基がこの領域にくっつき、勝手に動き回らないようにブレーキをかけています。
ところが研究チームは、体が大きいことと結びつく重要な変化として、このトランスポゾンからメチル基が失われていることを見つけました。
メチル基というブレーキが外れると、動く遺伝子が活発になりすぎて、ほかの遺伝子を傷つけたり、炎症を引き起こしたりすることがあります。
そして炎症は、年をとるにつれて強まっていく、老化の重要なプロセスのひとつです。
つまり今回のデータは、暴走した動く遺伝子が、大型犬の老いを速めている一因かもしれないことを示しているのです。
なぜ大型犬の体でこうしたことが起きるのかについて、スナイダー=マックラー氏はひとつの考えを示しています。
人間は大きな体を求めて大型犬を改良してきましたが、その大きさには代償があったのかもしれないというのです。
同氏は「体は、急速に成長してそれを保つことと、免疫系や体の健全さに力を注ぐことのあいだで、やりくりをしなければならない」と話しています。
ただしこれはまだ仮説の段階で、今回の研究は大型犬のDNAの老いがなぜこうなったのかを直接調べたものではありません。
研究チームは、プロジェクトに参加する犬を増やし、より長い期間追いかけることで、さらに多くのことがわかる時計を作ろうとしています。
飼い主が愛犬の年齢にともなう健康の悩みを前もって見通せるような、予測のしくみづくりも目指しているそうです。
犬は人と同じ病気にかかることがあるうえ、何より人と同じ家、同じ環境で暮らしているため、犬の老いを知ることは人の老いを理解する助けにもなるかもしれません。
散歩ですれ違う大きな犬の体の中では、隣を歩く小さな犬よりも少しだけ速く、DNAの時計の針が進んでいるのかもしれません。
もっとも当の本人たちは、DNAの時計のことなど気にもせず、今日もボールを追いかけて全力で走り回っていることでしょう。





















