人の耳とイカの体をつなぐ「細かな毛の束」

人の耳では、音の振動が奥にある「蝸牛(かぎゅう)」という、カタツムリのような形をした器官に届きます。
蝸牛の内側には何千もの有毛細胞が並び、それぞれが「不動毛(ふどうもう)」と呼ばれる細かな毛の束をもっています。
音の振動がこの毛の束を揺らすと、有毛細胞は神経を通じて脳に信号を送り、私たちはそれを意味のある音として受け取ります。
しかも毛の束は、低い音をとらえる場所では長く、高い音をとらえる場所では短くなっていて、細胞ごとに得意な音の高さが決まっています。
一方、魚やイカ・タコの仲間も、体の表面に同じような毛の束をもつ細胞を並べています。
これは「側線(そくせん)」と呼ばれる仕組みで、自分の体のまわりで水がどう動いているかを感じ取るためのものです。
水の中で暮らす動物にとって、水の動きを感じ取ることは生き延びるために欠かせません。
ただし、イカの側線は、毛の束のつくりや形、細胞のある場所が魚とは異なります。
魚では側線が頭から胴体まで並んでいるのに対し、イカで詳しく調べられていたのは頭と腕だけでした。
残りの胴体がどうやって水の動きを感じているのかは、大きななぞとして残っていたのです。
そこで研究チームは、ドリテウシス・ペアレイというイカの、自由に泳ぎ回る幼い個体(幼生)を調べました。
使ったのは「ライトシート顕微鏡」という最新の装置で、レーザーで薄い板のような光をつくり、試料を一つの面ずつ照らしていきます。
これにより、組織をなるべく傷つけずに、体の細かな立体画像を組み立てられるのです。
イカの全身に隠れていた「耳」の正体とは?

調べた結果、イカの体の表面は、さまざまな側線でびっしりと飾られていることが分かりました。
これまで知られていた頭や腕のものに加えて、全身の表面に、さらに数百もの有毛細胞が並んでいたのです。
チームは今回、イカの全身の側線を初めて地図のように描き出しています。
その並び方は一様ではなく、毛の束の密集ぐあいや体の位置、毛の長さが場所によって違っていました。
毛の束が密に並んでくっきりとした「線」をつくる場所もあれば、広い「面」のように広がる場所もありました。
これは、これまで魚や、ほかの頭足類(イカやタコの仲間)で報告されてきた並び方とは異なるものです。
特に胴体の部分(外套膜:がいとうまく)には、決まったパターンで並ぶ毛の束があり、チームはこれを「外套膜側線」と名づけました。
さらに、外套膜側線の細胞から伸びる神経の枝は、「星状神経節(せいじょうしんけいせつ)」という神経の集まりへとつながっていました。
研究チームは、イカの全身に広がる多様な側線が、それぞれ特定の種類の水の動きをとらえている可能性が高いと考えています。
そして注目すべきは、毛の束の「長さ」です。
魚の側線では毛の束の長さがそろっているのに対し、イカでは長さを変えることで、細胞ごとに感じ取る振動の高さ(周波数)を合わせているようなのです。
これは、音の高さに合わせて毛の長さが違う、人の耳の仕組みとよく似ています。
研究者たちは、イカの皮膚はまるで人の耳のように働いているようだと結論づけました。
このことから、イカは人の聞こえの仕組みを調べるための、有望な研究対象になると期待されています。
研究を率いたマクダーモット准教授は、「生まれつき耳が聞こえない子どもや、聴力を失った人では、多くの場合この毛の束が傷ついている」と説明しています。
そのため、イカの毛の束を調べることは、難聴(音が聞こえにくくなる状態)がどうして起こるのかを理解する手がかりになると見込まれているのです。
ただし今回調べられたのはイカの幼生の体のつくりであり、人の難聴の理解に実際にどう役立つかは、これからの研究で確かめられていくことになります。
人が音を聞く仕組みを解き明かすヒントは、意外にも海を泳ぐイカの肌の上に並んでいるのかもしれません。




















