科学的根拠に基づく医療の創始者
では、「根拠のある医療」はいつから始まったのでしょうか?
その創始者と呼ばれるのが、イギリスの海軍軍医だったジェームズ・リンドです。
当時、船乗りの間では、謎の奇病「壊血病」が猛威を奮っていました。
壊血病は足腰が萎えて、歯茎が腐り、体中に謎の斑点ができるという病気です。海洋国家イギリスでは最終的に200万人近い船乗りが壊血病で命を落としたといいます。
壊血病については、迷信じみた治療法や、伝聞での治療法がありました。瀉血も当然、その1つでした。しかし、明確に効果のある治療法はまったく見つかっていなかったのです。
海軍軍医だったリンドも、この病の治療にあてがわれました。このとき明晰な頭脳を持つリンドが考えたことは、患者ごとに違う治療法を試しその経過を観察すれば、どの方法が有効かわかるのではないか? ということでした。
これこそが、現代の科学的医療の基礎となる「比較対照試験」の原型となるものです。
リンドは同程度の症状を示す壊血病患者を6つのグループに分けて、それぞれにりんごの果汁、塩水、アルコール、薬用ペーストなど異なる食事を与えました。そして、最後の一組にはオレンジとレモンを与えたのです。
先に説明すると、壊血病はビタミンCの不足が原因で起こります。
ビタミンCは主にコラーゲンを作るために必要な栄養素で、これが不足すると体中の組織が駄目になってしまいます。
しかし当時、ビタミンCはまだ発見されていません。
リンドがオレンジとレモンを患者に与えたのはまったくの当てずっぽうでした。
ところが、試験の結果は明白でした。
他の水兵たちにまったく病状の改善が見られない中、レモンとオレンジを食べた水兵だけが目覚ましく病状を回復させたのです。
ビタミンCを知らなかったリンドは、なぜ患者が良くなったのか、そのメカニズムがわかりませんでした。
ただ果物が有効であることは明白だったため、リンドは航海で持ち運びがしやすいように濃縮還元ジュースを開発して船乗りたちにもたせます。
現代でもよく果物ジュースを買おうとすると濃縮還元と書かれていますが、これはリンドが壊血病解決のために船に果汁を積み込めるよう開発した方法なのです。
ただ、残念なことに、私たちがよく知っているように、濃縮還元法では果物のビタミンCが破壊されてしまいます。
このため、リンドの開発した濃縮還元ジュースはまったく壊血病に効果を示さず、彼は生きているうちに評価を受けることは出来ませんでした。