ちょっとした発想の転換
万能細胞から作られた心筋細胞を使って、心臓を3D印刷しようとする試みは、長年に渡って続けられてきました。
しかし3D印刷では単純な袋状の構造物はつくれても、本物の心臓のように複雑な構造を持ち、同時に全体が電気的に同期して鼓動させることはできなかったのです。
ミネソタ大学のクファー氏をはじめとした研究チームも失敗を繰り返しており、心臓の3D印刷は不可能なのではないかと、諦めかけていました。
心臓を構成する心筋細胞は非増殖性の細胞であるために印刷後の位置で増えてくれず、いかに改良を重ねても、十分な心筋細胞の密度を達成できなかったからです。
しかし、ふとあるアイディアが浮かびました。
「心筋細胞で心臓を印刷できないならば、そもそも使わなければいい…。最初に心臓の形を作って後から分化させよう!」というものです。
具体的には上の図のように、3D印刷のインクに増殖性の高い万能細胞を使い、まずは心臓の機械的強度を維持するに十分な細胞数を確保します。その後、全体を心筋細胞に変化させるという方法を取りました。
しかしそのためには、インクに使う万能細胞にちょっとした工夫をする必要がありました。
それがなければ、できあがるものは心臓の形をしただけの、ただの万能細胞の塊です。
クファー氏が行った工夫とは、万能細胞を心筋細胞に変化させるのに何度も使ってきた変化因子(心臓の細胞外タンパク質)の量を調節することでした。
変化因子を絶妙な加減で加えることで、万能細胞としての増殖性をもったままの状態で印刷し、十分細胞数が増えた後、ジワジワと心筋細胞に変化する…といった、まるでタイマーがついてるかのような調節が可能になったのです。