なぜ音の並びがここまで私たちを動かすのか?

私たちが日々耳にする音楽は、なぜこれほどまでに人を惹きつけるのでしょうか。
単なる音の波が重なっただけのものなのに、ある人は聴いただけで鳥肌が立つほど感動し、涙を流すことさえあります。
一方で、同じメロディを聴いても「そこまで強く響かない」という人がいるのも事実です。
では、大きな喜びを感じる人と、そうでない人の差はどこから生まれるのでしょうか?
歴史的に見ても、音楽は太古の儀式や宗教儀礼、収穫祭や王の戴冠式のように、人が集まるあらゆる場面で欠かせない存在となってきました。
文化によって楽器や旋律は違えど「歌う」「演奏する」「聴いて盛り上がる」といった行為そのものは、世界中ほとんどどこにでも見られます。
これだけ普遍的な芸術形式にもかかわらず、一人ひとりが音楽に感じる“快感”は驚くほどバラバラです。
それはまるで一匹一匹の蝶が好む花の色が違うようなもので、同じ花(音楽)を前にしても「うっとりする人」と「ふーんで終わる人」がいます。
こうした違いを探求するにあたって、神経科学の研究者たちはまず脳の仕組みに注目しました。
脳内には、嬉しいことや快感を得たときに活性化する「報酬系」と呼ばれるネットワークがあります。
実験で、感動的な曲を聴いている人の脳をスキャンすると、この報酬系が光り輝くように活発になることが分かりました。
心が震えるような音楽体験をした瞬間、私たちの脳は“ご褒美のシャワー”を全身に浴びせているのです。
ただし、この“ご褒美のシャワー”の強さには個人差があり、中には「曲を聴いてもほとんど何も感じない」という人がいます。
ある意味、そこには“音楽的無快感症”という不思議な現象が存在し、“気持ちいい”と思うかどうかは音を知覚する力以上の何かに左右されているようなのです。
ここで浮かび上がる問いは、「音楽による快感の感じやすさは遺伝子が関係しているのだろうか」ということ。
たとえばリズム感や音感に関しては、双子を対象とした研究によって部分的に遺伝の影響が示唆されてきました。
しかし、演奏技術や音程の正確さは測りやすい一方で、「聴くことで得られる純粋な楽しさ」はどう数値化し、どう比較すればいいのかという難題がありました。
まるで空気の香りを誰かに“数値化して伝える”ようなもので、個人の感情の動きは非常に扱いづらいのです。
そんな中、比較的新しく開発された「Barcelona Music Reward Questionnaire (BMRQ)」という質問票が、音楽から得られる喜びを多面的に把握する道を開きました。
これは、音楽を聴いたときの感情の高ぶりや、気分をコントロールする働き、体を動かす楽しさ、さらに社会的なつながりの感覚などを細かく測定できるツールです。
たとえ楽器を持っていない人でも、このBMRQを使えば「どれだけ音楽に価値を感じているか」「どういう部分に魅力を覚えるか」といったポイントを定量的に示すことができます。
しかし、それでもなお疑問は残ります。
果たして「音楽から得られる幸福感」と「遺伝子的な素質」はどれほど深く結びついているのでしょう。
あるいは、もともと快感を感じやすい“快感体質”の人が音楽に限らず報酬系全般に敏感なだけなのでしょうか。
それとも音程やリズムがしっかり取れる“耳の良さ”が大切なのでしょうか。
音楽による“快感”だけが特別なのか、あるいは人間の脳はそもそも報酬を見つける天才なのか――こうした問題を解き明かすには、大規模なデータと緻密な分析が必要とされていました。
そこで今回研究者たちは、双子を対象に音楽の楽しさを測定し、その結果をほかの知覚能力や一般的な報酬感受性と比べることで、音楽を楽しむ度合いにどれだけ遺伝的背景があるのか、そしてそれが音楽以外の感覚や体験とはどう結びついているのかを明らかにしようと考えたのです。
こうして始まったのが、世界的にも珍しいスケールの双子研究でした。