遺伝子によって「音楽を楽しむ力」が決められている

“音楽好きの秘密”を探るために今回の研究チームはまず、スウェーデンに暮らす約9,000人の双子を対象に、どのくらい音楽を楽しめるかを徹底的に調べました。
なぜ双子なのかと言うと、一卵性双生児は“ほぼ同じ遺伝情報”を、二卵性双生児は“平均で半分ほどの遺伝情報”を共有しているから。
同じ環境で育っていても遺伝子がどれだけ重なるかが違うため、音楽を楽しむ度合いの「どれだけが遺伝の影響なのか」を正確に割り出せるのです。
これはいわば、大勢のそっくりな“鏡”と少し似ている“鏡”を並べ、そこに写る音楽への反応の差を比べるような壮大な試みでした。
このとき研究者たちが使った“精密なはかり”が、Barcelona Music Reward Questionnaire (BMRQ) という質問票です。
BMRQは、音楽を聴いたときに感じる感情の盛り上がりや、頭ではなく体が自然と動き出すようなリズムへの乗り方、さらに曲をきっかけに生まれる人との一体感まで、まるでプリズムに光を当てるかのように“音楽の楽しみ方”をいくつもの色合いに分けて測定できるツールです。
おまけにメロディを正しく聴き取れるかを調べる音楽知覚能力や、食べ物でもギャンブルでも「快感全般に敏感」な人かどうかを見る一般的な報酬感受性のテストも合わせて実施。
いわば「音楽の喜び」をいろんな角度から一斉に照らし出す複合検査を一気に進めたのです。
その結果判明したのは、“音楽をどれだけ楽しめるか”という個人差のおよそ半分以上(54%前後)は、遺伝子が関与しているという事実でした。
(※この54%という数値は数々の双子実験のなかでも比較的高い数値となっています。音楽の才能の8~9割前後が遺伝子によって決まると考えられていることから、音楽を楽しむ力も遺伝子の影響が大きいのかもしれません)
つまり、頭からつま先まで震えるほど感動するか、それとも「まあ普通かな」で終わるか――私たちの音楽体験の大部分には、“生まれつきのコード”とも呼べるような遺伝的設計図が潜んでいるのです。
これは双子研究でもかなり高い部類の数値で、「私たちの音楽ライフは意外とDNAに左右されているかもしれない」という考えを一気に後押しする結果となりました。
さらに面白いのは、単に「耳がいい」「快感を感じやすい」タイプだから音楽に魅了されるわけではなさそうだ、という点です。
メロディやリズムを的確に捉える能力や、普段の生活で快楽を求めがちな“報酬感受性”との一部重なりは確かに見つかったものの、その重なりでは説明しきれない“音楽特有の楽しみ”に関わる遺伝的要因が存在したのです。
たとえば、演奏は得意でも「聴いてもそこまで感動しない」という人もいれば、逆に演奏は苦手なのに大好きな曲に出会うと全身に鳥肌が立つほど感情が昂ぶる人もいる。
こうした違いは「音楽を楽しむ回路」が私たちの中に別ルートで仕込まれている可能性を示唆しており、これはまさに“聴くだけで幸せになれる秘密のスイッチ”が存在するかもしれない、というワクワクする発見でもあります。
そしてBMRQが測る複数のファセット(たとえば“社交的な喜び”“音楽探求意欲”など)を比較してみると、各要素で微妙に異なる遺伝パターンが浮かび上がりました。
中でも「人と一緒に音楽を楽しむ社交的快感」が、「どれだけ音程やリズムを正確に捉えられるか」と強く結びついているらしい、という興味深い結果も得られています。
いわば、同じ“音楽好き”という言葉でも、人によってどのファセットが強いのかは千差万別。
その多面性が遺伝子レベルで違う可能性がある、というのですから、これはもう音楽を語る上での新境地といっていいでしょう。
では、なぜこの研究が革新的なのでしょうか?
第一に、これほど大人数の双子を対象に「音楽の快感」にフォーカスした大規模調査は非常に珍しいことです。
まるで巨大なコンサートホールに双子をずらりと並べ、ひとつの楽曲を流して全員の反応を詳しく記録したようなもの。
そこで得られたデータを元に、環境の影響だけでなく、遺伝子がどれほど深く音楽体験に関わっているのかを高い精度で推定しました。
第二に、BMRQのように多彩な側面を同時に測るやり方によって、単なる「音感の良し悪し」で語りきれない音楽の楽しみ方の“地層”を何層にもわたって掘り下げられた点も画期的といえます。
つまり、“音楽を楽しむ”という一見ふんわりした感覚に、実はしっかりとした遺伝的背景があり、それがさらに複数の要素に分かれている。
これは「同じ曲でも人によって感動度合いが違う」謎に対して、新しい解明の道筋を明確に示した成果なのです。