痛みの信号をブロックする成分
研究チームが注目しているのは、痛みを伝達させる感覚ニューロンのシグナルです。
この信号を止めることができれば、慢性的な痛みに悩む人たちの問題を改善させることができるでしょう。
そこで、研究者たちは、神経細胞や筋肉の細胞膜に存在する特定の種類のタンパク質「チャンネル」を標的にしました。
これは電位依存性ナトリウムチャンネルと呼ばれるもので、神経や筋肉への信号生成に重要な役割を果たしています。
ヒトには、このチャンネルが9種類確認されています。
ここにはナトリウム(Na)が関連していることから、電位依存性チャンネルはNav1.1~Nav1.9と呼ばれています。
そして、痛みに関する研究者たちがもっとも興味を持っている、痛みの伝達に関わるチャンネルが、「Nav1.7」です。
ここで登場するのが、南米チリで見つかったグリーン・ベルベット・タランチュラ(green velvet tarantula /学名:Thrixopelma pruriens)です。
このタランチュラは、ちょっと挑発しただけで毒毛を飛ばす危険な生物で、ペットとして飼われることはめったにありません。
しかし、この危険な生物の毒に含まれるペプチドには、Nav1.7を阻害し、痛みを含む信号の伝達を妨げる効果があるのです。
ペプチドとはタンパク質の小さくなったバージョンと考えてもらえばいいでしょう。
この毒の魅力について、前臨床治療薬開発を専門とするハイケ・ヴルフ(Heike Wulff)教授は、「Nav1.7をターゲットにした阻害剤の利点は、オピオイドと同様の効果がありながら、中毒性がない点です」と説明します。
ただ、もちろんタランチュラの毒液である以上、ただ利点だけを提供してくれるわけではありません。
この毒液には感覚神経のNav1.7チャンネルをブロックするだけでなく、筋肉や脳を含む全てのNav1.7を阻害する恐ろしい副作用があります。
そのため、研究チームは「トキシニアリング(toxineering)」という手法を用いて、毒液に含まれる毒素の編集をして、痛みのシグナルはブロックしながら、他の好ましくない副採用については発生しないようにしようとしています。