DNAに紛れ込んだウイルス痕跡はジャンクではなかった
ウイルスには感染を引き起こすだけでなく、宿主の細胞に自らの遺伝子を紛れ込ませるという厄介な性質があります。
通常、ウイルス遺伝子の紛れ込みは感染した宿主に限定される現象ですが、生殖細胞に感染すると話が違ってきます。
生殖細胞にウイルスの遺伝子が紛れ込むと、その変化は子孫へと延々遺伝していくことになってしまうからです。
人間の場合も、長い進化の過程で数多くのウイルスの紛れ込みを経験しており、全ゲノムのおよそ7%が、紛れ込んだ古代ウイルスの痕跡(内在性ウイルス様配列)によって占められています。
これまでは、それら古代ウイルスの痕跡は、役に立たないジャンクDNAであると考えられていました。
しかし豪ニューサウスウェールズ大学の研究者たちが、有袋類のDNAに刻まれていたウイルス痕跡を調べていると、奇妙な事実に気が付きました。
ウイルスの痕跡に過ぎないはずの一部の配列が、複数の種で同じ配列のまま強固に維持されていたのです。
生物の遺伝子は生存に必須なものほど変わりにくく、役に立たないものは変りやすいという性質があります。
例えば、動物の体の前後を決める遺伝子は、あらゆる動物種で広く維持されています。
前後を決める遺伝子の損失は、動物の死を意味するために、変化がタイムスケールに比較して少なく抑えられているからです。
同様に、複数の種でウイルスの痕跡が維持されているという結果は、それら痕跡に過ぎない配列が、動物たちにとって変わってほしくない重要な意味を持っていることを示しています。
問題は、ウイルスの痕跡に、いったいどんな価値があったのかです。