【筑波大】ウイルスを世界各地に不完全に梱包発送したことが一つの可能性――オミクロン株BA.2.86の拡散
【筑波大】ウイルスを世界各地に不完全に梱包発送したことが一つの可能性――オミクロン株BA.2.86の拡散 / Credit:Canva
biology

【筑波大】ウイルスを世界各地に不完全に梱包発送したことが一つの可能性――オミクロン株BA.2.86.1系統の拡散

2025.07.22 17:30:48 Tuesday

2023年の夏、新型コロナウイルスのある変異株が、まるで「瞬間移動」したかのように、ほぼ同時期に世界各地で相次いで見つかりました。

その名はオミクロン株BA.2.86系統です。

感染力がさほど強くないにも関わらず、ほぼ同時期に遠く離れた国々でこの新型ウイルスが検出された現象に、科学者たちは首をかしげました。

筑波大学の研究チームはこの謎に対し、大胆な仮説を提示しています。

それは「ウイルスが実験室で培養され、不完全な梱包のまま世界各地に発送された結果、各地で同じウイルスが漏出・検出された可能性がある」というものです。

一見すると陰謀論めいたシナリオにも聞こえますが、実は綿密なデータ分析に基づく科学的な推論なのです。

本記事では、BA.2.86系統とは何者か、その出現に何が異常だったのか、そして研究者たちがどのような証拠から「実験室由来」の可能性にたどり着いたのかを、最新の研究内容に沿ってわかりやすく解説します。

研究内容の詳細は2025年7月15日に『JMA Journal』にて発表されました。

Anomalous Spike Mutations and Sporadic Global Detection of the SARS-CoV-2 BA.2.86 Lineage https://www.jmaj.jp/detail.php?id=10.31662%2Fjmaj.2025-0118

感染力が弱いBA.2.86が世界同時に現れた本当の理由を探る

感染力が弱いBA.2.86が世界同時に現れた本当の理由を探る
感染力が弱いBA.2.86が世界同時に現れた本当の理由を探る / Credit:Canva

新型コロナウイルスが世界的に流行している間、人々の暮らしは大きく変わりました。

そして流行中にはさまざまなウイルスの変異株が登場し、その多くは感染力を高める方向に徐々に進化するものでした。

ところが、ある日突然、まるで階段を一気に何段も飛ばして上がるような、大きな変異ジャンプを示す株が現れることがあります。

オミクロン株がまさにそれで、特に2021年末に出現したオミクロン株BA.1系統は、スパイクタンパク質に約30個もの変異を一度に獲得し、世界中を瞬く間に席巻しました。

しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。

「一体どうやって、短期間にこれほど多くの変異が生じたのだろうか?」と。

これまで研究者たちは、この問いに対していくつかの仮説を立ててきました。

ワクチン接種が広がり、人々がウイルスに対して免疫を持ち始めたため、ウイルスがその免疫から逃れようとして徐々に変異を重ねたという説が一つ。

また、免疫が弱い患者の体内でウイルスが長期間生き延び、その間に変異が蓄積されたという説もあります。

このほか、人間から動物に一度感染が広がり、そこでウイルスが変異を繰り返した後、再び人間に戻ってきたという説もありました。

ところが、これらの仮説にはそれぞれ課題がありました。

免疫の弱い患者の体内で起こる変異は、過去の観察からおよそ10個程度までであり、オミクロン株のように約30個もの変異が一気に蓄積するとは考えにくかったのです。

動物由来の説も魅力的でしたが、当初の新型コロナウイルス(武漢株)はマウスには感染しにくい性質があることが知られており、「そもそもマウスにどうやって感染したのか?」という根本的な疑問が未解決のままでした。

つまり、オミクロン株BA.1の起源をめぐる謎は、未だ明快な結論には至っていません。

そのような状況の中で、2023年の夏、再び科学者たちを驚かせる変異株が登場しました。

それがオミクロン株BA.2.86系統です。

BA.2.86は、その祖先株であるオミクロン株BA.2系統から突然約30個の変異を持って現れました。

変異の数だけを見れば、BA.1と似たような大きなジャンプです。

しかし、興味深いことにBA.2.86系統は、BA.1のように世界中で爆発的な流行を引き起こすことはありませんでした。

むしろBA.2.86自体の感染力はそれほど強くなく、その後にさらに変異を重ねた「JN.1系統」という新たな株が出現した後にようやく感染が広がった程度でした。

ここで研究者たちは新たな疑問に直面しました。

感染力が強くないBA.2.86系統が、なぜ地理的に遠く離れた複数の国で、ほぼ同時期に散発的に検出されたのか?

これは自然に起こり得る現象なのだろうか?

それとも何らかの人為的な要素が絡んでいるのだろうか?

この奇妙な拡散パターンを説明するためには、BA.2.86がいつ、どこで、どのように出現したのかを詳しく調べる必要があると考えました。

そこで筑波大学の研究チームは、このBA.2.86系統の起源を明らかにするため、ウイルスが検出された時期と場所、そして変異の特徴を詳しく調べることにしました。

次ページ統計分析が示した『自然ではない拡散』

<

1

2

3

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

スマホ用品

生物学のニュースbiology news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!