子供を虐待するときだけ活性化する神経回路が存在した
直接的な殺傷から育児放棄まで、子供に対する虐待は哺乳類全般に広くみられる現象です。
例えばチンパンジーの社会では、群れのボスが変わる時期に、前のボスとの間に生まれた子供が、新たなボスによって次々に殺害されることが知られています。
また犬や猫・マウスなどでは、親が子供を殺して食べてしまう「子食い」現象が報告されています。
しかし、虐待が起こるとき、脳内でどのような変化が起きているかは、不明のままでした。
そこで今回、ハーバード大学の研究者たちはマウスを用いて、虐待にかかわる神経回路の特定を目指しました。
研究者たちはまず、子殺しを実行したマウスの脳の摘出して分析し、通常のマウスとの違いを探索しました(※マウスは通常の生活環境でも一定確率で子殺しを行う)。
結果、子殺しを行ったマウスでは、視床下部にある特定領域のニューロン「PeFA-Ucn3」(PeFA領域のウロコルチン-3発現ニューロン)が有意に活性化していると判明します。
また驚くべきことに、「PeFA-Ucn3」は大人の男性同士の争いや、母親の防御行動、捕食行動では活性化せずに、乳児に対して攻撃を行うときのみ活性化することが判明します。
この結果は「PeFA-Ucn3」が乳児虐待に特異的にかかわる神経回路である可能性を示唆します。
しかしより確かな証拠を得るには「PeFA-Ucn3」を直接刺激する必要がありました。
そこで研究者たちは、マウスの脳細胞を光に反応するように遺伝子を書き換え、頭蓋骨に穴を開けて光ファイバーを挿入。
問題となる「PeFA-Ucn3」と下流のニューロンを直接的に刺激することにしました。
結果、交尾経験のないオスとメスの両方で、乳児に対する攻撃性の増加と育児放棄が起こることが確認されます。
また逆に対象の神経活動を抑制した場合、子供に対する攻撃性が失われることが判明します。
この結果は「PeFA-Ucn3」を中心とした周辺の神経が、乳児虐待を専門的に制御する「虐待回路」を構築していることを示します。