2700年前にはすでに「ブルーチーズ」が作られていた?
今回調査された遺跡は、ユネスコ世界遺産にも登録されている「ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観」にある、先史時代の岩塩坑です。
ハルシュタットの町は「世界の湖岸で最も美しい街」と称されており、あの名作映画『サウンド・オブ・ミュージック』の撮影地としても使われています。
本研究では、ハルシュタットの岩塩坑で採取された約2700年前の人の糞便(ふんべん)を対象としました。
研究チームは、便のサンプルに含まれる微生物、DNA、タンパク質を特定するため、顕微鏡分析、メタゲノミクス、プロテオーム解析を行っています。
総合的なアプローチにより、かつてそこに住んでいた人々の食生活や腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の情報を得ることに成功しました。
まず、サンプル内に、さまざまな種類の穀物の糠(ぬか)、イネの小穂(しょうすい)の付け根にある葉状の小片「苞穎(ほうえい)」が多量に見つかり、最もよく食べられている植物片のひとつであったことが分かります。
繊維質と炭水化物を豊富に含むこの食事には、ときにソラマメからのタンパク質や果物、ナッツ類、動物性食品が加わることもありました。
さらに、腸内細菌叢の組成は、未加工食材や新鮮な野菜、果物が主食となっており、現代の西洋人とは大きく異なっています。
そして、調査対象を微生物にまで広げたところ、本研究で最大の驚きがもたらされました。
なんと便サンプルの中に、ペニシリウム・ロックフォルティ(Penicillium roqueforti)と、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のDNAが大量に含まれていたのです。
前者はブルーチーズの生産によく使われる菌類で、後者はビールやワインなどの醸造に使われる出芽酵母です。
研究主任の一人で、ユーラク研究所(Eurac Research Institute )のフランク・マイクスナー氏は、次のように述べています。
「この発見は、2700年前の人々が、すでにブルーチーズを生産していたことを示す初めての証拠です。
ハルシュタットの鉱山労働者は、現代でも食品産業で使用されている微生物を使って、意図的に食品発酵技術を応用していたのかもしれません」
また、ウィーン自然史博物館(Museum of Natural History Vienna)のカースティン・コワリク氏は、こう言います。
「これらの結果は、ハルシュタットの古代人の食生活に焦点を当て、先史時代の食文化をまったく新しいレベルで理解する手がかりとなるでしょう。
複雑に加工された食材や発酵技術が、すでに初期の食文化において重要な役割を果たしていた可能性があります」
研究チームは今後も同地での調査を継続し、発酵食品の生産や腸内細菌叢の構成要素について、さらに詳しく解明していく予定です。