マウスの脳に細い光ファイバーを刺し込む
研究者たちは脳の海馬と大脳皮質に目をつけました。
新しい学習内容はまず海馬に入り込み短期記憶を形成した後、睡眠を経て大脳皮質に転送されて長期記憶が作られていくことが知られていたからです。
この仕組みは人間でもマウスでもある程度は同じです。
そのため研究者たちは新たな神経接続(シナプス)が作られるのは、学習内容を最初に覚える瞬間と、長期記憶に変換される睡眠中だと考えました。
つまりマウスが学習内容を覚えた直後に海馬を、そしてマウスが眠った場合は大脳皮質を光で刺激すれば、学習内容だけを消せる可能性があるのです。
研究者たちは早速、マウスの脳にイソギンチャクの遺伝子を組み込み、海馬と大脳皮質に光ファイバーを刺し込みました。
そしてマウスを電気ショック部屋に閉じ込めて、恐怖の記憶を植え付けます。
通常のマウスは記憶のせいで、再び電気ショック部屋に閉じ込められると恐怖のあまり身動きができなくなる「フリーズ状態」になります。
しかしイソギンチャクの遺伝子を組み込まれ光ファイバーを刺された「改造マウス」は違いました。
改造マウスも電気ショック部屋と恐怖を記憶しますが、直後に海馬を光で照らすと記憶を忘れて、再び電気ショック部屋に入れられても「フリーズ状態」にならなかったのです。
光照射によって神経接続(シナプス)の形成が解消され、恐怖の記憶を忘れてしまったのです。
またマウスの睡眠中(当日)に同じ海馬に光照射を行った場合にも、電気ショック部屋の記憶が失われることが示されました。
この結果は、睡眠中には海馬で学習内容が再編集され、新たな神経回路が形成されつつあったものの、光の照射によって神経接続(シナプス)の形成が解消されてしまったことを示します。
さらに興味深いことに、翌日の睡眠時(2日目)の時に、大脳皮質の一部である前帯状皮質に光を照射した場合にも、記憶が失われました。
マウスにおいては海馬の記憶が大脳皮質に送られることで長期記憶が形成されます。
マウスにとって2日目の睡眠は、これまで海馬だけにあった短期記憶が大脳皮質へと転送され長期記憶を作るための大事な時間であり、新たな神経接続(シナプス)が形成されていた段階だと考えられます。
しかし大脳皮質で神経接続(シナプス)の形成が阻害されたことで、記憶定着(長期記憶)が妨害され、てマウスは恐怖体験を忘れたのです。
これらの結果は、学習直後に記憶を形成する神経接続と、当日の睡眠中に記憶を形成する神経接続、そして翌日の睡眠に記憶となる神経接続が脳内で異なる回路を形成していることを示します。