遊園地は入らなければ出れない
量子の世界は常識が通じない
遊園地の敷地に入った時間は、出る時間よりも必ず前になります。
この常識はお客だけでなく、遊園地のスタッフや上空を通過する鳥、銃弾のような無生物にも適用されます。
生物も無生物も一定の領域を「通過」するならば、入るのが先で出るのは後、逆はできません。
それは子供でもわかることです。
しかし量子の世界においては日常の常識が通じないことが知られています。
量子の世界では1つのものが2つの通路を同時に通ったり、何もない空間から粒子が現れては消えていくことが確認されています。
また量子の世界の曖昧さは、物体の場所だけでなく、時間にも及ぶことが示されており、実験室レベルでは過去と未来を干渉させることにも成功しています。
さらに物体の持つ電荷のような「性質」を、物体の「質量」から切り離すことも可能とする説も提唱されています。
新たな研究では、量子世界による新たな常識破りが起きたことが実験的に示されました。
論文のタイトルも直球であり「光子が原子雲の中で負の時間を過ごすことができるという実験的証拠(Experimental evidence that a photon can spend a negative amount of time in an atom cloud)」というワクワクしたものになっています。
今回は研究の全貌をまず4コマで紹介し、続いて深い解説に入っていきたいと思います。
なお4コマは負の群遅延という現象を概念的に説明したものであり「負の時間」や「入るよりも先に出る」といった表現も、観測データをもとにしたものです。より正確には出力パルス(出る光)のピークが入力パルス(入る光)のピークよりも早く現れるという現象です。このような入る光が出る光よりも早くピークが訪れることを本文では「入るより先に出る」と表現しています。
マンガのようにハッキリと巨大な光の球が出入りする様子が見れるわけではありません。
媒体の中の光の速度
アインシュタインの相対性理論では「光の速度は不変」であるとされています。
ただこの不変というのはあくまで真空中での話に限ります。
音が空気や水によって伝達速度が変るように、光もまた伝達する環境によって影響を受けます。
光が液体や気体のような物体に入ると、光の粒子が周囲の原子との相互作用を起こします。
物体内に光が侵入すると、物体内部の原子との間で吸収と放出が起こり、そのぶん光の速度は低下していきます。
近年では他にもさまざまな手法を使ってこの光の速度低下を極限まで大きくする技術が開発されており、2000年に行われた研究では光の速度を時速1.6㎞と歩く速さよりも遅くすることに成功しました。
さらに進んだ研究では、媒体内部で光パルスを完全に停止させ、光パルスに刻んだ情報をそのままの形で媒体内部に留めることに成功しました。
光の遅延を無限に近く引き伸ばした例とも言えるでしょう。
SFなどでは「クリスタルの中に情報を光の形で閉じ込める」といった設定がよく使われますが、技術進歩によって実現可能になってきたのです。
一方、逆に光の速度を落とさずに通過させる媒体の開発も進んでいます。
例えば屈折率が1に近くなるように作られた媒体では、光の速度を真空とほぼ同じ速度に保つことが示されました。
このような媒体では光との相互作用を抑えたり、光と原子の周波数を調節するなどさまざまな手法を取り入れることで、光の吸収と放出という遅延を限りなくゼロに近づけています。
トロント大学で行われた研究では、この遅延をゼロを乗り越えてマイナスにできるかが試されました。
すると、とんでもなく奇妙な現象が起こりました。