量子世界の2つの性質「文脈性」と「非局在性」を互いに変換する
・文脈性とは何か?
私たちの日常感覚では、「ある物体の質量や大きさ、色、温度などは、どんな順番で測ったとしても(あるいはどう測ろうとも)変わらない」と考えるのが当たり前です。
たとえばリンゴの質量を量ったあとに温度を測ったとして、それが理由で温度が変わったりはしないだろう、と普通は思います。
リンゴの色や温度、質量といった性質は、測定の有無に関係なくもともと決まっている──私たちはそう信じているわけです。
「何をあたりまえのことを言っているんだ?」と思うかもしれません。
しかし、実際にそれが「科学的に確定した事実」かといえば、驚くことに必ずしもそうではありません。
実験的な裏付けがあるというよりも、経験談に近いと言えます。
科学的に「あたりまえ」だと確定するには、さまざまな物体に対して測定を行い、本当に「あたりまえ」であるか、その普遍性を確かめなければなりません。
そのため研究者たちは、研究者たちはリンゴのような身近な物体だけでなく、量子レベルの粒子でも同じことが言えるかどうかを調べました。
すると、意外な事実が判明します。
量子の“性質”は、古典的な「質量」「長さ」「色」「温度」ほど独立していない場合が多いことが判ったのです。
例えるなら、「質量を先に測る」場合と「長さを先に測る」場合で、その後に測る「色」や「温度」の結果が変わる可能性がある──という感じです。
たとえば
質量と色を同時に測るパターンAの場合
→質量は「100 g」、色は「赤」
質量と温度を同時に測り後から色を測るパターンBの場合
→質量は「100 g」、温度は20℃
→ところが後から同じ物体の色を確かめようとすると、なぜか「青」になってしまう
というようなことが、量子の世界では起こり得ます。
もし質量と色が本来は完全に独立しているなら、測定の順番で色が変わるはずはありません。
しかし量子の世界では、「何と一緒に測るか」「どんな手順や装置で測るか」によって、最終的に得られる結果が変わってしまう場合があるのです。
こうした「測定の文脈によって、観測される物体の性質が変化してしまう」という特性を「文脈性(contextuality)」と呼びます。
この事実は、私たちが当たり前と思い込んでいた古典的な直感──「測定してもしなくても、もともと物体の性質は一定」──が、量子レベルでは通用しないことを示しています。
人間の感覚に基づく“常識”が、宇宙の根本的な法則とはイコールではないことを示す例と言えるでしょう。
言い換えれば、量子では「どの性質を、どんな測定方法で、何と一緒に測ろうとしているか」によって“確定した状態”そのものが変わりうるわけです。
これは、量子粒子の性質があらかじめ独立して一つずつ決まっていない可能性を示唆しているとも言えます。
非局在性とは何か?
量子力学における非局在性とは、「遠く離れた場所にある粒子同士が、あたかも瞬時に影響し合うかのように強い相関を示す」という不思議な現象を指します。
まず、古典的には「遠く離れた2つの物体」は、それぞれが独立して存在していると考えます。
たとえば、2つのりんご AとBを何十キロも離れた場所に置いたとします。
日常の常識では、りんごAの「色」や「質量」を測っても、普通はりんごBの「色」や「質量」には何の影響も与えません。
「Aが赤い」「Bが青い」と決まっていれば、それらはあらかじめ両方のりんごが持っている“それぞれの”性質です。そして、測定によって相手の状態がガラッと変わってしまうなんてことはないからです。
言い換えると、遠く離れた物体同士が、突然“瞬間的に”連絡を取り合う(影響し合う)ことはないというのが私たちの古典的直感です。
ところが量子力学では、「もつれ(エンタングルメント)」という現象が起こり得ます。
2つの粒子(電子や光子など)を、特殊な方法でもつれ状態に準備すると、2つの粒子はたとえ空間的に離れていても、お互いの測定結果が通常の常識で考えるよりも強い相関を示すようになります。
このとき「2つのりんごAとBを、なんらかの“魔法の糸”のようなもので結んである状態」とイメージできます。
すると、どこまで離しても、測るときに“強くリンク”しているかのような結果が出るのです。
「りんごAを調べた瞬間、りんごBの性質がぴたりと決まってしまう」というわけです。
(※りんごAを調べるまでこの宇宙にリンゴの色にかんする情報(赤か青か)は存在しないのに、測定を行うと同時にりんごAの色に関する情報が出現して、りんごAの色が確定し、さらにその測定結果は見えない糸を伝ってりんごBの色に関する情報を宇宙に出現させるます)
古典物理の感覚では、遠く離れた物体同士が互いに強い影響を与えるには、なんらかの信号がそこを伝わる必要があるはずだ、というのが普通です。
一方、量子力学が示すもつれ状態は、この局所実在論(局在性+あらかじめ決まった実在があるという仮定)では説明しきれないほどの相関を見せます。
つまり「遠く離れた2つの系」が局所的(近くの範囲だけで完結する)な考え方では説明のつかないつながり方をしている――これが非局在性と呼ばれるゆえんです。
文脈性と非局在性を変換するとはどういうことか?
これまでの話から、
「文脈性」は一つの物体をいろいろな測定方法で測ったときのパターンのお話。
「非局在性」は離れた場所にいる複数の人(パーティ)の測定結果の相関のお話。
であり全く違う概念のように思えます。
しかし見方をかえると
文脈性:どの組み合わせの測定を行うか
非局在性:どの測定設定を選ぶか
となり、どちらも測定対象や測定方法のはなしであることがわかります。
また「複数の測定設定の組合せ」とそこから得られる「結果のパターン」に注目すると、「本来ならあり得ない矛盾」や「古典論では説明できない“限界超え”」が起こるという点では共通しています。
そこでスペインのセビリア大学のアダン・カベロ氏は、数学的な条件を「こねくり回す」ことで文脈性と非局在性の読み変えができることを発見します。
たとえば文脈性側で
セット(質量, 長さ) で測った場合 → 質量が100gだった
セット(質量, 色) で測った場合 → 質量が105gに変わる
という古典的に両立しない結果が得られた場合、上の対応付けや矛盾を、非局在性シナリオに現れる矛盾」、つまり「遠く離れているのにそんな関連性があるはずが…」という矛盾と同じ構造を持っていることを発見したわけです。
言い換えるならば
文脈性で見られる“矛盾”
非局在性で見られる“矛盾”
この2つが実は「同じタイプの論理的構造」を持っていて、一方で起こる不思議な結果をそのまま他方でも再現できる、というわけです。
このことは「文脈性があるからこそ、非局在性(遠く離れた場所の結びつき)を成り立たせる」あるいは「非局在性は文脈性に含むことができる」可能性を示します。
そして「文脈性 ⇔ 非局在性変換」がうまくいくということは、離れた粒子の強い相関(もつれ)を、単一粒子の文脈依存という同じ原理で説明できるかもしれない、という意味です。
もし両者が本質的に同じ仕組みによって成り立つなら、もつれがなぜ壊れず、どんな条件で強い相関を保つのかも、文脈性を理解することで解明できる可能性があります。
つまり、1粒子の測定の不思議(文脈性)が複数粒子のもつれにもそのまま当てはまり、もつれを維持する“秘密”が共通のルールとして説明できるようになるわけです。
要は、スゲーってことです。
ただ数学的にそれが確かであっても、現実世界で変換が可能であるかは実証できていませんでした。
そこで今回、厦門大学の研究者たちは、文脈性と非局在性の変換を現実世界で成し遂げるための実験を行うことにしました。
そのための鍵になったのが「6次元の光」です。