なぜ蚊に狙われやすい人がいるのか?
蚊はどうやって「刺したい人」を決めているのか――そんな不思議な疑問を解明するため、研究者たちはとてもユニークな実験を行いました。
舞台となったのは、オランダで毎年8月に開かれる大規模な音楽フェスティバルです。
フェスといえば、大勢の人々が集まり、普段とは違う生活スタイルを楽しむ場です。
そこで、普段の実験室では難しい、「現実の生活に近い状況」を作り出すことが狙いでした。
この実験には465人もの参加者が協力しました。
参加者たちはまず、自分の健康状態や食事、衛生習慣(日焼け止めを使うかどうかやシャワーの頻度)、そしてビールを飲んだかどうかなど、非常に細かなアンケートに答えました。
また、「前の日の夜に誰かと一緒に寝たか」というちょっと変わった質問もありました。
ここで疑問に思うかもしれませんが、なぜ「誰かと一緒に寝たか」が重要なのでしょうか?
実は、誰かと近くで寝ると、体温が高くなったり汗をかいたりして、肌から出るにおい成分が増えることがあるからです。
そして、この「肌から出るにおい」は蚊が人を見つけるときの重要な手がかりになっているのです。
アンケートの後、いよいよ実験が始まります。
研究者は特設ラボに1,700匹もの「アノフェレス属」の蚊を用意しました。
アノフェレス属は世界中に広く分布し、人をよく刺すことで知られる蚊の種類です。
実験の方法はとてもシンプルです。
まず参加者は透明な容器の横に腕を置きます。
容器には細かな穴が開いていて、蚊はその穴から出てくる「におい」や「参加者の吐く息」を手がかりにして腕に近づいてきます。
実際に刺されるわけではなく、蚊が容器の壁に腕のほうへと着地する回数を、カメラを使って正確に数えました。
これを3分間続けて測定し、「蚊に好かれやすい人」を数字で表したのです。
その結果、非常に興味深い事実が明らかになりました。
まず、ビールを飲んだ人は飲んでいない人と比べて、蚊が1.35倍も多く寄ってくることがわかりました。
不思議なことに、参加者が飲んだアルコールの量(血中アルコール濃度)そのものは、蚊の好みに直接的な影響を与えませんでした。
つまり、蚊はアルコールそのものではなく、ビール特有のにおいや、飲んだ人の肌から出る何らかの特別な物質に反応している可能性があるのです。
さらに面白いことに、前夜に誰かと一緒にテントなどで寝ていた人も、ひとりで寝ていた人に比べて約1.34倍も蚊が寄りやすいという結果が得られました。
この結果から、「誰かと寝る」という意味深な行動も、意外なほど蚊を引きつけることがわかったのです。
(※研究論文では、「ビールを飲む」ことや「誰かと寝る」という点について具体的な言及はされていませんが、代わりに「快楽主義」という表現を使用しています。)
一方で、逆に蚊を遠ざける行動も発見されました。
実験によると、「直近にシャワーを浴び、その後に日焼け止めを前腕に塗った人」は、そうでない人よりも蚊に狙われる回数が約半分にまで減りました。
なぜ日焼け止めが効くのかという理由は、まだはっきりとは分かっていませんが、日焼け止めが肌のにおいを隠してしまったり、蚊の嫌う成分を含んでいたりする可能性があります。
では以前からよく言われてきた、血液型や食生活などの要因はどうだったのでしょうか?