『おへその凹み』が生涯に渡って消えない理由、解明への科学的挑戦

私たちのおへそは、胎児のころにお母さんとつながっていた「へその緒(臍帯)」が、生まれた後に取れた傷跡です。
普通の傷であれば、ケガの直後にはっきりと残った跡でも、時間が経てば少しずつ薄くなったり、場合によっては完全に消えてしまうこともありますよね。
しかしおへそは、最初にできた時の凹みが大人になっても変わることなく、生涯にわたってずっと安定した凹みの形を保っています。
これは、傷跡としてはかなり特殊なケースであり、人体に残る不思議の一つと言えます。
おへそがこのように特別扱いされる理由の一つは、その場所が人体の中でも特に構造的に弱い部分にあるからです。
私たちのお腹の中央部分は、筋肉のつなぎ目や膜の薄い場所が多いため、力がかかると中の臓器が外に向かって押し出されやすい特徴があります。
そのため子どものころには、いわゆる「でべそ(臍ヘルニア)」と呼ばれる状態が起こることがあります。
また大人になっても、肥満になったり、何らかの理由でお腹を切る手術を受けたりすると、お腹の中の圧力(腹圧)が高まり、弱い部分であるおへそが飛び出てしまうことがあります。
こうしたおへその性質は医学的にも重要で、現代の手術ではしばしば、おへその特殊な位置や形状を積極的に利用することがあります。
具体的には、身体への負担が少ない腹腔鏡手術(お腹に小さな穴を開け、カメラや器具を入れて行う手術)のときに、カメラや器具を挿入する穴(ポート)を設置するためにおへそが選ばれます。
さらに、おへそのヘルニアを治すための修復手術でも、この部分の構造がどうなっているのかを正確に理解しておく必要があります。
つまりおへそは、人の体にとって弱点でありながらも、同時に重要な手術の入り口として活用されている、ちょっと特別な存在なのです。
しかしながら、実は「なぜおへそがそもそも凹んでいるのか?」という根本的な理由については、意外にも十分に解明されていませんでした。
実際、これまでは単純に「傷が治る過程で、皮膚が自然に縮まっただけだろう」という程度の説明がされることがほとんどでした。
しかし、皮膚の傷がただ縮まっただけならば、その形が生涯変わらず、誰のおへそも似たような形を保つ理由としては、少し説得力に欠けます。
近年の研究では、おへそのくぼみのすぐ下に脂肪の塊が存在していることや、お腹の中央にある「白線(筋肉同士をつなぐ丈夫な膜)」や「靭帯(筋肉や骨をつなぐ丈夫なひも状の組織)」の形が人によってさまざまであることなどが徐々に分かってきました。
しかし、それらの研究でも、おへその凹みを実際に支えている組織が何なのかということを、詳しく、立体的に(3次元的に)調べた例はありませんでした。
つまり、皮膚の下で実際に何が起きているのか、はっきりと見える形で理解されていなかったわけです。
そこで今回の研究チームは、こうした疑問を解決するために、新しい仮説を立てました。
彼らは、「おへその下には、単なる傷跡の収縮では説明できない特別な線維組織(線維という丈夫な糸のような細胞が集まった組織)が存在し、それが皮膚をお腹の奥に引き込んで、凹みを安定させているのではないか?」と考え、その具体的な正体を明らかにするために詳しい調査を始めました。