おへその『秘密の支柱』を発見
研究チームはまず、おへその凹みがどのような仕組みで維持されているのかを詳しく調べるために、人体のご遺体(献体)を対象に実験を行いました(平均年齢77.4歳)。
具体的な方法としては、全部で5体の献体を用意し、それぞれを異なる方法で調べました。
まず2体の献体では、おへその周囲の構造を肉眼で細かく観察しました。
次の2体では、顕微鏡を使って皮膚や脂肪などの細かい組織を調べました。
最後の1体では、特別な方法を使い、組織を薄く何枚も切り出して立体的な画像(3D画像)を作成しました。
最初の肉眼観察で、おへその凹みの奥からお腹の深い部分に向かって、丈夫な繊維でできた筒のような構造が存在していることを確認しました。
この繊維は、皮膚から体の奥へと伸びる一本の太い糸のようなもので、おへそのくぼみを中心に囲むように存在していました。
その繊維の筒の中には、小さな脂肪のかたまりが包まれていました。
この脂肪を丁寧に取り除いてみると、その奥には「臍輪(さいりん)」と呼ばれる小さな穴が確認されました。
この穴がまさに、皮膚をお腹の内側へと引っ張り込んでいる入口となっています。
さらに調べを進めて、筋肉やその周りの膜をめくってみると、腹膜という内臓を包む膜の外側に脂肪の層(腹膜外脂肪)が広がっているのが見えました。
最初に見つけた脂肪の塊は、この腹膜外脂肪の一部が前方に突出していることが分かりました。
次の顕微鏡観察では、さらに細かく組織を調べました。

その結果、おへそのくぼみにあたる皮膚は内側に向かって折れ曲がり、そのすぐ下にはコラーゲンという丈夫な線維が密集していました。
また、お腹の中央を支える丈夫な線維の膜「白線(はくせん)」の一部が途切れている場所があり、その小さな隙間を通って腹膜外脂肪が皮膚のすぐ下まで飛び出しているのを確認しました。
顕微鏡でより詳細に見ても、最初に観察した脂肪のかたまりは、この腹膜外脂肪の層からつながっていたのです。
つまり、おへその下にあった脂肪は、皮膚のすぐ下にある普通の脂肪(皮下脂肪)ではなく、腹膜の外側から突き出してきた特別な脂肪だったということです。
さらに特別な技術(3D再構築)を使って、より詳しく立体的な画像を作った結果、この構造がさらに明確になりました。
作成された立体画像では、腹壁にあいた小さな穴(臍輪)からおへその皮膚まで、明らかに一本の筒状の線維の束がつながっていることがはっきりと示されました。
研究チームはこの筒状の構造を「臍鞘(さいしょう:umbilical sheath)」と名付けました。
臍鞘の内部には腹膜外脂肪の一部が入り込み、この脂肪がストローを通る液体のように前方に伸び、皮膚の真下まで直接届いていました。
このとき、皮膚のすぐ下には通常存在するはずの皮下脂肪が全くなく、臍鞘が包んだ脂肪が皮膚を裏から支えている状態でした。
臍鞘は、皮膚と深部を結ぶ一本の橋として機能していたのです。
これは、おへその下はただの皮膚だと思っていた常識を覆す発見でした。
では、この「臍鞘」という構造がなくなったり弱くなったりすると、どうなるのでしょうか。
研究チームは、肥満になったりお腹の手術をしたりして臍鞘が壊れると、腹圧(お腹の内側から外に押す力)に耐えきれなくなり、臍ヘルニア(でべそ)や術後のヘルニアが生じる可能性があると指摘しています。
実際、こうしたおへそのヘルニアは、肥満や手術の経験がある人に特に起こりやすいことが分かっています。
臍鞘という存在は、人間の体が生み出した天然の「へそガード」のように機能している可能性があるのです。