人体の小さな凹みに潜む大きな秘密―臍鞘という支柱

今回の研究では、人間のおへそがなぜ凹んでいるのかという長年の謎に対し、その裏側を支える新しい構造「臍鞘(さいしょう、umbilical sheath)」が提案されました。
臍鞘とは、皮膚とお腹の深い膜を結ぶ線維の筒状構造で、へその特徴的なくぼみを物理的に支えている可能性があることが示されました。
これまで「おへそはへその緒の跡だから凹んでいる」と漠然と考えられてきましたが、その奥にこんな支えの仕組みが隠れていたとは驚きです。
まさに日常すぎて誰も注目してこなかった人体の“脇役”に、スポットライトが当たった瞬間と言えるでしょう。
この発見は医療の現場にも新しい視点を与えます。
おへそは小さな穴のように見えても、実際には腹腔鏡手術(お腹に小さな穴を開けて行う手術)の器具を入れる「出入り口」として使われています。
臍鞘の存在を意識することで、ポート(カメラや器具の挿入口)の最適な位置を決めたり、手術後の縫い方を工夫したりすることができる可能性があります。
研究チームは実際に、臍ヘルニアの修復や開腹手術の閉創で臍鞘を温存・再建することが、より自然で強いお腹の仕上がりにつながり、術後ヘルニアの発生を減らせる可能性を指摘しています。
言い換えれば、今回見つかった“体内の支え綱”を切らないように意識することが、将来の手術をより安全なものにするヒントになるのです。
ただし、この研究にはいくつかの注意点があります。
まず対象となった献体は5体と少なく、しかも平均年齢が77.4歳と高齢に偏っているため、若い人や別の体型の人にも同じことが当てはまるかどうかはまだ分かりません。
さらに今回調べたのはすべて凹型のおへそであり、突出型の「でべそ」については未検討です。
でべその人にも臍鞘に相当する構造があるのか、それとも臍鞘が欠けているからでべそになるのか、現時点でははっきりしていません。
また今回の研究はあくまで解剖学的な観察に特化しており、臍鞘の強さや、どれくらいの力で皮膚を引き込んでいるのか、腹圧にどう反応するのかといった力学的な検証はまだ行われていません。
これらの点は今後の研究課題として残されています。
それでも、この研究は私たちが当たり前と思っていた体の仕組みに新しい視点をもたらしてくれます。
おへそというごく小さな部分に、テントを内側に引っぱるロープのような構造と、ストローの中を通ってきた脂肪の支えが潜んでいるかもしれないというのは画期的な示唆でしょう。
普段何気なく見ているおへそが、実は人体の精巧な仕組みを映し出す窓だったとしたら、次に鏡を見るときにその小さなくぼみが違って見えるかもしれません。
この発見は、単に「謎が解けた」以上に、私たちが自分の体を新しい目で見つめ直すきっかけになるでしょう。