「土壌に生育する真菌」のタンパク質が氷の核となる
この研究の核心は、「真菌が氷をつくる手助けをする分子を持っていた」という点にあります。
まず前提として、水が氷になるには、水分子が規則正しく並び始める必要があります。
ところが、その最初の並びを自然に作るのは意外に難しく、何も足場がなければ水はかなり低温まで凍りません。
そこで重要になるのが、氷の結晶化を始める足場となる氷晶核(氷をつくる“種”)です。
大気中では鉱物の粒子や塵がこの役目を果たすことがありますが、生物の中にも同じような働きをするものがいます。
これまで特によく知られていたのは細菌でした。
細菌の中には、表面にあるタンパク質によって水分子を並べ、氷の結晶を作りやすくするものがいます。
しかし今回、研究チームが調べたのは、土壌に生育する「クサレケカビ科(Mortierellaceae)」の真菌です。
研究者たちは氷形成能を持つ真菌のゲノムを解析し、細菌の氷形成タンパク質を作る遺伝子とよく似た配列を見つけました。
もちろん、遺伝子が似ているだけでは、本当に同じ働きをしているとは言えません。
そこで研究チームは、その真菌由来の遺伝子を酵母と大腸菌に導入。
すると、本来は強い氷形成活性を持たないこれらの生物が、新たに氷形成活性を示すようになりました。
論文では、酵母でこの遺伝子を発現させると、凍結の起こり方が大きく変わり、真菌由来の遺伝子が氷形成に関わることが強く裏づけられています。
さらに面白いのは、その働き方が細菌と少し違っていたことです。
細菌の氷形成タンパク質は、細胞膜と結びついた状態で働くことが重要です。
ところが今回の真菌では、細胞そのものがなくても、分泌されたタンパク質だけで氷形成を促せることが示されました。
その理由は、タンパク質の特殊な構造にあると考えられています。
また、この能力の起源も興味深いところです。
系統解析やDNAの特徴を比べた結果、真菌が持つこの遺伝子は、もともと細菌由来で、過去に遺伝子の水平伝播によって真菌側へ取り込まれた可能性が高いと考えられました。
つまり真菌は、細菌の持っていた氷形成の仕組みを受け取り、それを自分たち向けに作り変えた可能性があるのです。
では、この新しい発見は私たちにどう役立つのでしょうか。
「氷の核となる真菌」が天候操作につながる可能性
この発見が注目されるのは、微生物の不思議な能力が分かったからだけではありません。
氷形成の仕組みは、そのまま雲や降水の仕組みと深くつながっているからです。
雲の中には、小さな水滴や水蒸気が漂っています。
しかし、それだけでは雨や雪にはなりにくく、どこかで氷の結晶が生まれることが重要になります。
氷ができると、その表面に水蒸気が集まりやすくなり、粒が大きく育って、やがて雪や雨として落ちていきます。
つまり、氷の結晶がどれだけできやすいかは、降水の始まりを左右する重要な条件なのです。
この性質を人工的に利用する技術が、「人工降雨」です。
雲に粒子をまいて氷晶核を作りやすくし、雨や雪を促そうとする方法で、これまで主にヨウ化銀が使われてきました。
ところが、こうした無機粒子には、環境中に撒く物質としての懸念や、効率の限界があります。
そこで今回見つかった真菌のタンパク質が、新しい候補として注目されるわけです。
このタンパク質は、非常に低い濃度でも強い氷形成活性を示し、しかも細胞にくっついていなくても、水の中に溶けた状態だけで働けるという特徴があります。
そのため、将来的には従来材料より扱いやすい氷形成材料になる可能性があります。
また、応用先は天候操作だけではありません。
論文では、人工降雪や凍結保存などへの利用可能性にも触れられています。
たとえば食品の冷凍や生体試料の保存では、「どの温度で、どのように氷を作るか」が品質や損傷の大きさを左右します。
真菌のタンパク質のように、少量で効率よく氷形成を誘導できる分子があれば、凍らせ方をより細かく制御できる可能性があります。
さらに重要なのが、気候モデルへの影響です。
真菌は土壌中に広く存在し、その胞子や分泌されたタンパク質が風で大気中に運ばれる可能性があります。
もしそれらが雲の中で実際に氷形成に関与しているなら、これまでの気候予測では、生物由来の氷晶核の影響が十分に評価されていなかったことになります。
もちろん、今は「この真菌タンパク質を使えば自在に雨を降らせられる」と言える段階ではありません。
ただ少なくとも、自然界にはすでに、雲の中の氷形成を強く左右しうる生体分子が存在していたことが、今回かなり具体的に見えたのです。

















一部の昆虫や魚などが、氷晶核が大きな結晶に成長するのを阻害する不凍蛋白質を持っている事は知っていましたが、逆に凍結を促進する物質を合成する生物がいるとは知りませんでした。
体内や細胞内で氷の結晶が成長すると組織や細胞を破壊してしまうため、凍結を防止する不凍蛋白質ならば生物にとってメリットがあるので合成する意味がある事は理解出来ます。
それに対して、自らの細胞内に氷の結晶が出来やすくして、細胞や組織が損傷するリスクを増すような蛋白質を合成する事が、生物にとってどのようなメリットがあるのか、その辺りの事も記事で説明して欲しかった。
氷晶核となって凝固点付近でさっさと凍りだすタンパクを多数有していれば、細胞の内外が多数の微小な氷晶に埋め尽くされて、膜構造や架橋、細胞内小器官の破壊は最小限で免れそうです。
一斉に小さな氷晶ができれば、濃厚なカリウム液が氷の隙間にできることもないので、解凍後のプラズマ液の濃度不均衡も抑えられそうです。
なにより過冷却中の衝撃的な氷結による機械的破壊を回避できそうです。
糖質の不凍液を体に貯めて寒冷に耐える動物種とさっさと凍ってやり過ごす動物の、境界条件がわかると面白そうです
中立説に基づけばただの偶然の可能性もある。例えばこの菌類が氷点下で芽胞を作って休眠する種なため氷結のリスクが無く、ただの代謝の副産物として適当に作った物質がこのタンパク質である可能性。芽胞の中には水分子が乏しいから氷結によって細胞が傷つき難いだろう。
そもそも氷点下で氷結しやすい性質というだけで、常温では何らかの酵素として働いている可能性だってある。
細胞や細胞内小器官の内外では氷核形成蛋白の濃度が異なりますから、氷の結晶が成長する速度も異なる事になるため、膜の内と外が同時に微小な氷晶に埋め尽くされるとは考え難いですし、氷の大きな結晶の代わりに多結晶の氷の塊が大きくなるだけなので、膜構造や架橋、細胞内小器官の破壊を抑える効果は無いと思われます。
また細胞内においても、細胞内には氷核形成蛋白だけが存在しているわけではなく、それ以外にも様々な物質が含まれており、細胞内小器官ごとにそれらの各物質濃度は異なるため、細胞内の全ての領域で氷晶の形成が同時に進むとは考えられませんから、細胞が凍って行く過程において氷が出来ている所と液体でいる所に分かれる事になるため、濃厚なカリウム液が氷の隙間にできる事は避けられないと思います。
真菌より氷核細菌の方が使いやすいのでは?