心配が止まらないのは「スイッチ」が増えすぎたから

朝は目覚ましが鳴る前から仕事の段取りが頭の中を回り始め、通勤中は親の健康が気になり、夜はベッドの中で将来のお金の計算が止まらない。
心配性の人が抱えているのは1つの大きな悩みというより、朝から晩まで途切れずに続く、こうした小さな心配の連続です。
実際、慢性的な心配性の人は1日の約6割を心配に費やすという報告があり、これは心配の少ない人(約2割)の3倍にあたります。
研究チームが注目したのは、心配の中身ではなく、心配が「いつ、どこで」始まるかでした。
毎日いろいろな場所や時間で心配を繰り返すうちに、その場所や時間そのものが、心配を自動的に呼び出すスイッチになっていく。
心理学ではこれを条件づけと呼び、研究チームもこの考えを出発点にしました。
こうなるとデスクを見れば仕事の不安が、ベッドに入れば明日の予定への焦りが、本人の意思とはおかまいなしに再生され始めます。
心配性の毎日が苦しいのは、いわば家のあちこちに心配のスイッチが増えすぎた状態で暮らしているからです。
高所や犬のように恐怖の対象がはっきりしていれば、対象に少しずつ触れて慣れていく治療が使え、実際にこの「慣れ」は恐怖症の治療で大きな実績を上げてきました。
ところが心配は、スイッチが生活のあちこちに散らばっているせいで、どこで何に慣れればいいのかが定まりません。
この行き止まりを先に抜けていたのが、不眠症の治療でした。
眠れない夜にベッドの中で粘り続けると、やがてベッドそのものが「眠れない場所」のスイッチに変わってしまいます。
だから不眠の治療では、ベッドを眠る目的だけに使わせて、この結びつきを断ち切ります。
同じことが心配にもできるのではないか——そう考えて「心配タイム」を組み立てたのは、1983年の別の研究チームでした。
ただ、そのとき比べる相手になったのは、毎日の記録をつけるだけで、心配を減らす訓練は受けなかった人たちでした。
片方だけが「効きそうな方法」を教わって毎日取り組んでいれば、プラセボ的な差が出ても不思議はありません。
心配タイムの手順が効いたのか、それとも効きそうだという期待や、研究者に気にかけてもらったことが効いたのか、この比べ方では分けられないのです。
今回の研究チームが引き受けたのは、この30年越しの宿題です。































