140世代かけて「マウスを魔改造」した長期研究(現在も進行中)
人類は古くから農作物や家畜の交配を制御する人工的な進化を「品種改良」の名のもとで行ってきました。
同じ特徴を持つ個体を人為的に交配することで、人間にとって好ましい性質をもつ動植物を増やすことが可能になります。
しかし現存する改良品種の多くは人間にとっての有用性という曖昧な基準によって創造されたものであり、研究対象として一貫性に欠けていました。
そのためドイツの家畜生物学研究所では1969年から現代にいたるまで140世代(50年)にわたりマウスの人工進化を観察する長期研究を行ったのです。
その結果、いくつか興味深い体の変化が確認され、現在にいたるまで系統の維持が行われています。
通常の3倍の体重を持つ超巨大マウス
巨大化では単なる脂肪量の増加だけでなく骨格も大きくなっています。
また遺伝子を調べたところ、エネルギー代謝と食欲の調節にかかわる遺伝子に共通の変異が起きており、骨の形成にかかわる遺伝子では重複が起きていることが判明しました。
エネルギー効率の変化と旺盛な食欲に対応して骨を作る遺伝子が一部倍化されたことで、巨大化を可能にしていたと考えられます。
通常の3倍のタンパク質量を持つ超筋肉質マウス(体も巨大)
こちらは巨大化すると同時に筋肉量も増加しています。
遺伝子を調べるとヒトやウシ、ブタなどで体のサイズを調節している共通遺伝子と、脂肪と筋肉のバランスに関する遺伝子に共通の変化が起きており、四肢の発生にかかわる遺伝子では一部で重複が起きていました。
ヒトやマウスなどの動物には体のサイズや脂肪と筋肉の比率を適正に保つための遺伝子が存在しますが、超筋肉質化マウスではそれらの調節スイッチに変調が起きていたようです。
通常の2倍にあたる20匹以上の子供を産む超多産マウス(2系統)
超多産化した系統では卵胞の成熟に必要な遺伝子や人間の男性の不妊にかかわる遺伝子に変異が起きていました。
このことは超多産化は母体に起きる変化だけでなく、精子を提供するオス側の変化も起こしていたことを示します。
また興味深いことに超多産化した2系統では、異なる遺伝子セットに変化が起きており、多産化が複数の経路によって起きていることが示されています。
通常の3倍の距離を走れる超スタミナマウス
超スタミナ化したマウスの細胞を調べると、エネルギー生産所であるミトコンドリアの数が増加し、脂肪を燃やす速度が増加していることが判明しました。
また脂肪燃焼にともなう老廃物の除去に必要な遺伝子や脂肪を燃やす褐色脂肪細胞の数にかかわる遺伝子が変化していることが判明します。
さらに運動誘発性の心肥大にかかわる遺伝子において2800塩基対で変異(逆位)が起きていることが発見されました。
通常の3倍に及ぶ距離を走るスタミナは、エネルギー源である脂肪の燃焼を効率的に行う変化と同時に、運動による悪影響を打ち消す変異がかさなって得られたもののようです。
実験室で飼育されているマウスは十分な食事を得られるため、エネルギーを節約することで得られるスタミナではなく、効率よく消費する能力が重要になったと考えられます。
これら特殊なマウスは超巨大マウス(脂肪型)を除いて、健康や寿命に悪影響がなく、極端な身体的特徴を安定して発達させることが可能になっています。
さらに特殊な体をもったマウスたちの遺伝子全体を評価したところ、通常のマウスでは多様性の一環として変動していた遺伝子群が、特定のパターンに固定されていることが判明しました。
このことは、マウスたちにおきた遺伝子変異が重複・逆位・欠失といった単独のイベントの結果に加えて、通常は個性として考えられていた複数の遺伝子の偏り(パラメーター変化)も同時にかかわっていることを示します。
つまり、ちょっとした変異の固定化と積み重ねが、大きな体の変化へとつながっていたのです。