なぜ「留め具」で体を固定する必要があったのか?
ロッソ氏は、その使い方について、次のように説明します。
「まず、メスが海底に身を横たえ、その上にオスが乗っかります。このときオスは、メスの上にぴったり重なるのではなく、少し後ろ気味にずれて覆いかぶさります。
そして短い付属肢で、その真下にあるメスの胴体後部から生え出るトゲをつかんで、体を固定していたのです」(下図を参照)
体を固定することの重要性について、ロッソ氏は「メスが卵を放出したときに、オスが正しい位置にいるようにするため」と指摘します。
これまでの研究で、三葉虫の交尾は、現存する子孫のカブトガニと同じく、体のどこかにある生殖孔からメスが卵を放出し、そこにオスが精子をかけていたと考えられています。
つまり、的確なポジション取りによって、オスはメスの放出する卵を受精させられる可能性が高まるのです。
また、ロッソ氏はこう述べています。
「もう一つの保存状態のよいO. セラトゥスの化石には、留め具がありませんでした。これはおそらく、メスの個体でしょう。
このことから、O. セラトゥスは、オスとメスで異なる特徴を持つ”性的二形”だったと考えられます」
実際に、「留め具」を使った交尾戦略は、現代のカブトガニにも見られ、オス同士がメスへの”固定権”をめぐって、激しいバトルを繰り広げます。
ヒートアップするあまり、ライバルの「留め具」を引き剥がすこともあるという。
もしかしたらO. セラトゥスも、1匹のメスをめぐるオス同士の争いがあったかもしれません。
一方で、今回の研究成果について、ロッソ氏は「この交尾戦略をすべての三葉虫に当てはめることは避けるべき」と注意を促します。
あくまでも、「留め具」としての付属肢は、O. セラトゥスで初めて見つかったのであり、三葉虫全体に共通したものではありません。
三葉虫は3億年近くも繁栄したのですから、交尾方法も時代や環境に応じて変化した可能性はあるでしょう。
それでも、O. セラトゥスの交尾法は、現代の節足動物にも広く受け継がれていることから、かなりポピュラーな方法だったのかもしれません。