原因は遺伝子の封印解除機構に起きた異常だった
体験の遺伝はどんな仕組みで起きていたのか?
謎を確かめるため研究者たちは、子マウスの遺伝子活性の大規模な解析を行いました。
すると糖尿病のメスマウスの卵子から作られた子マウスでは対象群の子マウスと比べて何百もの遺伝子の活性が異なっていることが判明します。
特に「Tet3」と呼ばれる遺伝子では、卵子内部での遺伝子活性(転写量)が対象群の半分にまで落ちていました。
「Tet3」は遺伝子の封印(メチル化)を解除(脱メチル化)するために重要な働きを持っています。
生物の遺伝子機能はDNAの塩基配列によって支配されるだけでなく、どの遺伝子をONあるいはOFFにするかを決めるDNAにほどこされた封印タグ(メチル化)によっても支配されています。
封印タグ(メチル化)が付けられた遺伝子は活性が抑えられ、ときには欠損しているかのような働きをすることがあります。
このような遺伝子変化は「エピジェネティック」な変化と呼ばれています。
エピジェネティックな変化が卵子や精子で起きると、封印タグの位置が受精卵にも引き継がれ、子孫の体を作る細胞全てに封印タグの位置が適応されることになります。
ただこのままでは世代を重ねるごとにDNAが封印タグだらけになってしまい、あらゆる遺伝子が働かなくなってしまいます。
そのため卵子には封印タグを解除(脱メチル化)する「Tet3」のような遺伝子が働いており、親の体験が遺伝されるのをある程度、防いでいます。
しかし研究者たちが分析を行ったところ、糖尿病になったメスマウスの卵子では封印タグを解除するための遺伝子「Tet3」の活性を促進する部位(プロモーター)にまで封印タグがつけられており、遺伝子活性が大幅に低下していたことが判明します。
封印解除遺伝子の働きが鈍った受精卵では各遺伝子に付された封印タグの解除が困難になったと推測されます。
実際、研究者たちが遺伝子活性を調べたところ、「Tet3」の働きが鈍ると、特に父親由来のDNAにおいて、インスリン分泌に重要なグルコキナーゼの遺伝子の封印が強く行われていることが判明します。
(※精子のDNAは卵子のDNAに比べてメチル化率が高くなっています)
グルコキナーゼの働きが鈍ればインスリンが減り、糖尿病になりやすくなってしまいます。
まとめると、糖尿病のメスマウスの卵子では封印解除遺伝子「Tet3」の働きが封印されており、受精卵をへて成長した子マウスの膵臓ではインスリン分泌に重要なグルコキナーゼの遺伝子が封印されたままのため、結果として糖尿病になりやすくなっていたのです。
ですがより興味深い結果が、人間の初期胚をすり潰した結果から得られました。