36歳までに12種類の腫瘍を発生させた女性は「がんも治りやすかった」
研究の主役となったリサ(仮名)は1986年、26歳の母親と30歳の父親の間に、満期妊娠を経て生まれました。
異変が目にみえるようになったのは、生後6カ月。
体の各所に肌の色素が変化した部分があらわれるようになりました。
そしてリサが2歳になったとき、最初の試練が訪れます。
リサの左耳道に、ステージ3のがんが発見され、即座に化学療法と放射線療法が開始されました。
幸い治療は成功したものの、放射線はリサの体にもダメージを与える結果になり、幼いリサが大きくなるには成長ホルモンの投与が必須になってしまいました。
その後しばらくは平穏な日々が続きましたが13年後、再び異変が起こり始めます。
2001年、15歳になるリサの体の各所に軟骨腫が発見され、さらにウイルス感染がないにもかかわらず子宮頸がんを発症。
子宮摘出をはじめとした外科手術や放射線療法が開始されました。
続いて2006年になると左耳付近に腺種が発見され、外科手術で除去を受けます。
それから2010年にかけて、黒色腫に変異する危険性のあった異形成母斑の切除、乳腺にできた脂肪腫の切除、皮膚に発生した毛母腫の切除、甲状腺腫による甲状腺の切除が行われていきました。
そして2012年には結腸の粘膜内腺がんが切除され、その2年後の2014年には直腸と大腸のがん腫瘍が切除されました。
36歳になるまでリサが発生させた腫瘍は実に12種類(良性7種・悪性5種)に及んでおり、単純ながんの転移では説明しにくいものとなっていました。
現在、世界中で多くの人々が、がんとの闘病生活を送っていますが、リサほど過酷な病歴をもつ人は少ないでしょう。
そこで今回、スペイン国立がん研究センターの研究者たちは、リサの体に連続して発生した、さまざまな腫瘍の原因を解明するために、リサの遺伝子を解析することにしました。
結果、リサには生まれてくるために必須であると考えられていた「MAD1L1」と呼ばれる重要な遺伝子が、対になる染色体の両方で変異を起こしていることが判明します。
このような変異は、人間では前代未聞でした。
MAD1L1は細胞が分裂するときに染色体を整列させる役割を果たしており、失われた場合、分裂した細胞に正しい数の染色体が運ばれなくなってしまいます。
(※研究者たちがリサの体を調べてみたところ、血液細胞の30~40%が異常な数の染色体を持っていました)
染色体は体の設計図であるDNAが詰まった巨大な本棚ともいえる存在であり、規定数から外れれば、細胞の生命活動に大きな影響を及ぼします。
実際、リサのような対となる両方の遺伝子が変異したマウスの場合、胚発生の段階で致命的なエラーが発生して子宮内部で死んでしまい、この世に誕生することはありません。
つまり、リサは生まれるために必須だと考えられていた遺伝子(細胞分裂の遺伝子)なしに誕生した、奇跡ともいえる存在だったのです。
また染色体数の異常(MVAなど)は、しばしば知的障害を発症しやすくなっていますが、リサには知的障害はなく(リサが受けた数々のがん治療を考慮すると)比較的普通と言える生活を送れていました。
さらに不思議なのは、リサはこれまで5回がんを発症しましたが、どのがんも治療によって簡単に退治することに成功しており、2014年(28歳)以降には新たながんを発症することはありませんでした。
リサはがんになりやすい体質であると同時に、がんを治しやすい体質にあったのです。
これまでの研究により染色体数の異常が、がんを引き起こしやすくすることは知られていましたが、なぜリサは追加で「がんが治りやすい体質」を獲得したのでしょうか?