ウイルスは栄養素になる可能性を秘めている
ネブラスカ大学のデロング氏は、以前から疑問に思っていることがありました。
その疑問とは「ウイルスは栄養素にならないのか?」というものでした。
自然界では植物プランクトンは動物プランクトンに食べられ、動物プランクトンはミジンコなどの小さな甲殻類などに食べられ、ミジンコたちは小魚たちの主食となる……など、あらゆる生物が「食う食われるの生態系」に組み込まれています。
一方、増殖のみを目的として生命活動をほとんど行わないウイルスは生物の定義からは外れる存在であり、これまで生物たちが作る「食う食われるの生態系」を構成する要因とはみなされていませんでした。
しかしウイルスの体は、DNAやRNAなどの核酸がタンパク質の殻や脂質の膜で覆われた生体物質の塊のような存在であり栄養分を持っています。
もしウイルスが手のひらサイズの大きさであったのなら、細かく砕いて畑にまけば、土壌細菌たちにとって有用な栄養素として美味しく食べられ(分解され)、生態系の一部として自然界を循環することになるでしょう。
そのためデロング氏は「自然界の中にはウイルスだけを食べて生きている生物がいるはずだ」と仮説を立てました。
問題はそんな生物がいたとしても、何処を探せばいいか全くわからない点にありました。
何もかもが不明な場合、唯一の科学的方法は、なんでもいいから試すことです。
デロング氏は早速、近くの池まで車を走らせて、池の水と共に雑多な微生物たちを採取し、クロロウイルスと呼ばれる植物プランクトンに感染するウイルスをたっぷりと加えました。
そして24時間放置してみたのです。
ここでもし池から汲んできた水の中に、ウイルスを主食とする微生物が存在した場合、その微生物は他の微生物よりも急速に繁殖する可能性があります。
「とにかくやってみよう」精神からはじまった実験は、どんな結末を迎えたのでしょうか?
結論から言えば、実験は大成功でした。
汲んできた池の水にウイルスを投入してから24時間後、デロング氏は「ハルテリア」と呼ばれる動物プランクトンの一種が大きく数を増やしていることを発見します。
ただこの時点では、ハルテリアが増殖した原因がウイルスではなく、水中の他の植物プランクトンだった可能性もあります。
そこでデロング氏はハルテリアだけを入れた水槽を2つ用意して、1つにはそのまま放置し、もう1つにはウイルスを加えて2日間の観察を行いました。
結果、ウイルスを加えた水槽ではハルテリアは2日間で15倍も増殖しており、ウイルスの数は100分の1に減少していたのです。
一方、ウイルスを加えられなかった水槽では、ハルテリアの成長や増殖は全くみられませんでした。
この結果だけでも、ハルテリアがウイルスだけを消費して成長と増殖を起こしていることは明らかです。
しかしデロング氏はより明確な証拠を求めてウイルスのDNAに緑色の光る蛍光色素を付着させ、ハルテリアがウイルスを物理的に捕食しているかどうかを確かめてみました。
すると、ハルテリアの「胃袋」にあたる液胞部分が緑色に輝いていることが判明。ハルテリアがウイルスを物理的に食べていることが明らかになったのです。
ただこれまでの研究でも、ウイルスが単細胞生物の体に取り込まれている可能性が示唆されたことはありました。
たとえば1980年に行われた研究では「単細胞生物がウイルスを食べることができる」と報告されています。
また後にスイスで行われたいくつかの研究では、単細胞生物が廃水からウイルスを除去しているようにみえるとの報告がなされています。
しかし「ウイルスだけ」を食べて成長と増殖できる生命が発見されたのは、今回の研究が世界ではじめてです。
ではこのハルテリアとは、どんな生物なのでしょう?
ハルテリアはデロング氏が水を汲みに行った池にだけ生息する、特別なプランクトンだったのでしょうか?
結論から言えば、ハルテリアは珍しい種ではありません。
それどころか、世界中の池や沼に普遍的に存在する極めて「ありふれた」動物プランクトンとなっています。
しかしデロング氏は、この「ありふれた種」という事実こそが最も重要であると考えました。