肛門や生殖口まで丸ごと復活!
ウミグモは、クモやサソリを代表とする鋏角(きょうかく)類に属する海棲の節足動物です。
その名の通り、見た目はクモそっくりで、体のほとんどが8本の脚(まれに10本と12本)になっています。
これまでに1300種以上が知られており、最古の化石記録は5億年前のカンブリア紀にまで遡ります。
ウミグモの体のつくりはとてもユニークで、胴体が細く小さいため、臓器の多くを脚の中に格納しているのです。
こちらはウミグモの半身を示した図ですが、腹部は胴体の後ろからピョコッと突き出ており、その末端に肛門がついています。
また、生殖口は脚の第2基節(上図を参照)にあり、消化系は全身にわたり脚の内部を通っています。
そのため、ウミグモが脚を失うことは、同時に臓器や消化器官、肛門、生殖口まで失うことを意味するのです。
さて、今回の研究で驚くべき再生能力を見せたのは、ヨロイウミグモ科に属する「ピクノゴヌム・リトラル(学名:Pycnogonum litorale)」という種です。
本種は細身のウミグモに比べて、脚や胴体がずんぐりと幅広になっています。
ショルツ氏のチームは以前に、実験室で飼育していたP. リトラルの幼個体の脚を誤って切断してしまったのですが、数カ月後に元通りに再生していることに気づきました。
そこで今回は、P. リトラルがどれほどの再生能力を持っているかをさらに詳しく調べることに。
実験では、4匹の成体と19匹の幼個体を用意し、後脚を切断するグループと後半身を切断するグループとで観察しました。
その結果、幼個体のうち14匹が、切断された部位をほぼ完全に再生することができたのです。
欠損部の再生は「脱皮」によって行われました。
脱皮とは、内側の体が大きく成長したことで、小さくなった既存の外骨格を脱ぎ捨てる習性を指し、脱皮を繰り返すことで失われた部位を新たに再生させることができます。
これはクモやカニ、ムカデに見られるのと同じ再生プロセスです。
再生した脚や後半身の中には、失われた筋肉や肛門、生殖口、消化系も復活していました。
ただし、すべての個体で完全な再生が行われたわけではなく、一部の脚しか取り戻せないものもいれば、後半身を完全に再生させているものもいます。
実際、2匹の幼個体は欠損部が回復せず、4本の脚のまま生き続けました。
肛門も一緒に失われたため、排泄物は前方の口から出すようになっています。
その一方で、成体は欠損部を再生させることも脱皮することもありませんでした。
これについて、研究者は「成体のウミグモはすでに丈夫な外骨格を成熟させているため、これ以上大きくならず、よって脱皮をする必要もないことと関係している」と述べています。
しかし欠損によって即死することはなく、その後も2年間は生き続けたそうです。
以上の結果を受け、ショルツ氏は「今回の発見は再生医療の発展に大きく貢献する可能性がある」と話します。
一部の両生類やトカゲなどの例外はあるものの、ヒトを含む脊椎動物のほとんどは節足動物のような再生能力を持ちません。
チームは今後、ウミグモの再生能力を細胞や分子レベルで解き明かすことで、再生医療を進歩させる鍵を見つけたいと考えています。
そうすることで、ヒトの手足や指の欠損の新たな治療法が見つかるかもしれません。