最強マウスを敗北させる物理的な仕組み
マウスは非常に社会的な動物であり、グループで生活する際には明確な縦社会を築きます。
しかし実験室のケージ内という限られた環境で生活しているマウスたちは野生環境よりも階層構造が極端であり、1匹の最高位のオスマウスがエサ場を一番に利用する権利や暖かい巣穴区域の一番いい場所で寝る権利、メスへの特権的な交尾権利を保持しています。
また最高位のマウスは気分で下位のマウスを追い回したり、頻繁にマウンティングを行って自らの優位性を思い知らせたり、さらには好きな場所に縄張りを主張する尿を出す権利を持つなど、やりたい放題が可能となっています。
最高位マウスの特権は優先通行権にも及んでおり、チューブのような狭い空間で2匹のオスマウスが出会った場合、下位のマウスはバックして上位のマウスに道を譲ります。
2匹のマウスの実力が拮抗している場合は「押し合い」が発生しますが、多くは短時間で優劣が決まり、流血沙汰になることはありません。
そこで今回浙江大学の研究者たちは、本来ならば負けるはずのない最上位マウスが最下位マウスに負けてしまった場合、脳内で何が起こるかを調べることにしました。
実験に当たってはまず、上の動画のように、下位マウスの後退を不可能にするようにフタをした状態で1日10回、4日間に渡りチューブでの争いを行わせました。
この状態では下位マウスはフタにお尻が当たるともう後退が不可能になり、上位マウスの攻撃に対して押し返すしか方法がなくなります。
つまり背水の陣と言うべき、下位マウスが絶対に引けない状況と上位マウスが引き下がざるを得ない状況を作ったのです。
すると最初こそ上位マウスは元気に攻撃を続けていましたが、4日目までに状況が一変。
いくら押しても下がってくれない下位マウスに対して上位マウスは、上の動画のように、負けを認めて自発的に道を譲るようになりました。
(※上位マウスは下位マウスの後部にフタがされているなど知るよしもなかったために、本来ならば負けるはずのない相手に実質的な敗北を重ねたと感じたのです)
また興味深いことに、チューブからケージ内のグループ生活に戻してみると、上位マウスは優先通行権だけでなく社会的地位も失っていることが判明。
それまで保持していた、ケージ内に設置された巣穴区域への優先アクセス権など数々の特権も失っていました。
上の動画ではかつて最高位だったマウスが、下位マウスに追い回される様子を映しており、明確な「転落」を起こしていることが示されています。
さらに転落した元上位マウスにはうつ病に似た状態が現われはじめ、大好物だったはずの砂糖水を欲しがらなくなり、助からない状況でどれだけ早く絶望するかを確かめる強制水泳テストでも早々に諦めて「絶望」するようになることが判明します。
この結果は本来負けるはずのない下位マウスに負けるという予想外の出来事が上位マウスの脳に劇的な変化を起こし、社会的地位の喪失(実力に見合わない地位への転落)につながったことを示します。
これまでの研究でも、群れで上位にいるマウスは下位に比べて慢性的な社会的敗北ストレス(CSDS)に敏感であることが知られており、勝利の経験が豊富な上位マウスにとって急激な地位喪失はより精神的な打撃が大きいと考えられます。
しかしこの段階で終わっては脳科学とは言えません。
そこで次に研究者たちは上位マウスの「脳を操作するだけ」で、同じような強制敗北を引き起こせるかを確かめることにしました。