最強マウスを最弱マウスに強制敗北させる脳回路を発見!
最強マウスを最弱マウスに強制敗北させる脳回路を発見! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
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失望中枢を活性化させると最強マウスがあっさり最弱マウスに負けてしまう!

2023.02.02 Thursday

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では強者のビフが気弱なジョージ(主人公の父親)から一度ラッキーパンチを食らって敗北しただけで、ジョージの使用人になるまで落ちぶれてしまいます。

こうした描写にもう一度喧嘩すれば勝てるだろ、と考える人もいるでしょうが、なぜビフは再チャレンジすることなく転落してしまったのでしょうか?

中国の浙江大学(せっこうだいがく)はマウスを用いた研究で、このような急激な地位の転落の原因となる脳回路を発見しました。

グループはこの脳回路を光や薬を使って制御すると、群れの最上位マウスを本来なら負けるはずがない最下位マウスに強制敗北させて社会的地位を落としたり、逆に抑制することで元の地位に返り咲かせることできたと報告しています。

研究者たちは脳には社会的地位の予想外の喪失にあったときに反応する「失望中枢(disappointment center)※」が存在しており、その活性化が強制敗北にかかわっていると述べています。

同じような脳回路は人間にも存在しているのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年1月23日に『Cell』にて公開されました。

※「disappointment center」は一部の研究者たちが用いている脳領域の呼び名で、現在正式な日本語名はありませんが本記事では「失望中枢」と表記しています。

Neural mechanism underlying depressive-like state associated with social status loss https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(22)01576-8?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867422015768%3Fshowall%3Dtrue

最強マウスを敗北させる物理的な仕組み

光遺伝学的手法の代表的な例。マウスの脳細胞を光に反応して活性化されるように遺伝子組み換えを行っている。これにより好きな脳領域だけを好きなタイミングで活性化できる
光遺伝学的手法の代表的な例。マウスの脳細胞を光に反応して活性化されるように遺伝子組み換えを行っている。これにより好きな脳領域だけを好きなタイミングで活性化できる / Credit: NOVA . Memory Hackers | Manipulating Memories with Optogenetics

マウスは非常に社会的な動物であり、グループで生活する際には明確な縦社会を築きます。

しかし実験室のケージ内という限られた環境で生活しているマウスたちは野生環境よりも階層構造が極端であり、1匹の最高位のオスマウスがエサ場を一番に利用する権利や暖かい巣穴区域の一番いい場所で寝る権利、メスへの特権的な交尾権利を保持しています。

また最高位のマウスは気分で下位のマウスを追い回したり、頻繁にマウンティングを行って自らの優位性を思い知らせたり、さらには好きな場所に縄張りを主張する尿を出す権利を持つなど、やりたい放題が可能となっています。

最高位マウスの特権は優先通行権にも及んでおり、チューブのような狭い空間で2匹のオスマウスが出会った場合、下位のマウスはバックして上位のマウスに道を譲ります。

左が下位のマウス、右が上位のマウス
左が下位のマウス、右が上位のマウス / Credit:Zhengxiao Fan et al . Neural mechanism underlying depressive-like state associated with social status loss . Cell (2023)

2匹のマウスの実力が拮抗している場合は「押し合い」が発生しますが、多くは短時間で優劣が決まり、流血沙汰になることはありません。

そこで今回浙江大学の研究者たちは、本来ならば負けるはずのない最上位マウスが最下位マウスに負けてしまった場合、脳内で何が起こるかを調べることにしました。

左の下位マウスは最初、右の上位マウスに道を譲ろうとするが背後にフタがされていて下がれなくなってしまい、前に出るしかなくなる
左の下位マウスは最初、右の上位マウスに道を譲ろうとするが背後にフタがされていて下がれなくなってしまい、前に出るしかなくなる / Credit:Zhengxiao Fan et al . Neural mechanism underlying depressive-like state associated with social status loss . Cell (2023)

実験に当たってはまず、上の動画のように、下位マウスの後退を不可能にするようにフタをした状態で1日10回、4日間に渡りチューブでの争いを行わせました。

この状態では下位マウスはフタにお尻が当たるともう後退が不可能になり、上位マウスの攻撃に対して押し返すしか方法がなくなります。

つまり背水の陣と言うべき、下位マウスが絶対に引けない状況と上位マウスが引き下がざるを得ない状況を作ったのです。

すると最初こそ上位マウスは元気に攻撃を続けていましたが、4日目までに状況が一変。

左の下位マウスが粘り強く抵抗していると右の上位マウスのほうが後退し始めた
左の下位マウスが粘り強く抵抗していると右の上位マウスのほうが後退し始めた / Credit:Zhengxiao Fan et al . Neural mechanism underlying depressive-like state associated with social status loss . Cell (2023)

いくら押しても下がってくれない下位マウスに対して上位マウスは、上の動画のように、負けを認めて自発的に道を譲るようになりました。

(※上位マウスは下位マウスの後部にフタがされているなど知るよしもなかったために、本来ならば負けるはずのない相手に実質的な敗北を重ねたと感じたのです)

また興味深いことに、チューブからケージ内のグループ生活に戻してみると、上位マウスは優先通行権だけでなく社会的地位も失っていることが判明。

それまで保持していた、ケージ内に設置された巣穴区域への優先アクセス権など数々の特権も失っていました。

後退した上位マウスは集団生活での社会的地位や特権を失い下位のマウスに追いかけるまで転落してしまった
後退した上位マウスは集団生活での社会的地位や特権を失い下位のマウスに追いかけるまで転落してしまった / Credit:Zhengxiao Fan et al . Neural mechanism underlying depressive-like state associated with social status loss . Cell (2023)

上の動画ではかつて最高位だったマウスが、下位マウスに追い回される様子を映しており、明確な「転落」を起こしていることが示されています。

さらに転落した元上位マウスにはうつ病に似た状態が現われはじめ、大好物だったはずの砂糖水を欲しがらなくなり、助からない状況でどれだけ早く絶望するかを確かめる強制水泳テストでも早々に諦めて「絶望」するようになることが判明します。

慢性的な社会的敗北ストレスは強いマウスに繰り返しイジメさせることで、うつに似た状態を誘発させることが可能です。確実に社会的敗北ストレスを与えるには、系統の違うより好戦的なマウス種にイジメさせます
慢性的な社会的敗北ストレスは強いマウスに繰り返しイジメさせることで、うつに似た状態を誘発させることが可能です。確実に社会的敗北ストレスを与えるには、系統の違うより好戦的なマウス種にイジメさせます / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

この結果は本来負けるはずのない下位マウスに負けるという予想外の出来事が上位マウスの脳に劇的な変化を起こし、社会的地位の喪失(実力に見合わない地位への転落)につながったことを示します。

これまでの研究でも、群れで上位にいるマウスは下位に比べて慢性的な社会的敗北ストレス(CSDS)に敏感であることが知られており、勝利の経験が豊富な上位マウスにとって急激な地位喪失はより精神的な打撃が大きいと考えられます。

しかしこの段階で終わっては脳科学とは言えません。

そこで次に研究者たちは上位マウスの「脳を操作するだけ」で、同じような強制敗北を引き起こせるかを確かめることにしました。

次ページ脳に刺した光ファイバーで「失望中枢」を刺激し強制敗北させる

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