トンネル効果を使って新たな分子を作成する
トンネル効果を起こすにあたって、研究者たちが注目したのは水素でした。
水素は宇宙で最も豊富な元素であるだけでなく、水素の原子核であるプロトン(陽子)は中性子と共に、原子核の最も基礎的な構成要素になります。
また水素原子と水素分子の衝突実験は最も単純かつ基本的な反応の1つであり、衝突で何が起こっているかが量子レベルの計算で解明が進んでいます。
たとえば2018年に行われた研究では、重水素陰イオンと水素分子の間に起こるトンネル効果がシミュレートされ、両者の衝突1000億回につき1回のトンネル効果が起こることが示されました。
(※このとき、重水素陰イオンと水素分子が閉じ込められた空間では1立方センチメートルあたり1秒間に「5.2 × 10−20」回の衝突が起こるとの計算結果が得られました。)
またトンネル効果の発生では、上のような反応が起こることが知られており、水素分子のうちの1つが分離して重水素陰イオンと結合し、あとには負に帯電した水素イオンが残されます。
そこで研究では、このシミュレーション結果を再現する実験が行われることになりました。
もしシミュレーションどおりの結果が得られる場合、発生する負の水素イオンの量を測定すれば、トンネル効果が起きた回数や頻度を測定できるはずだからです。
実験ではまず、材料の1つである重水素陰イオンを極低温に冷却した状態で器具に固定し、そこに極低温に冷やした水素分子が吹きかけられました。
材料(D-とH2)が熱をもたない場合、化学反応に必要なエネルギーが大きく欠乏するため、反応が右側に進むのはトンネル効果が起きたときに大きく限られるようになります。
また材料となる重水素陰イオンと水素分子を十分に冷やすことで、2つの粒子が接近したときに、互いの近くで安定し、トンネル効果を起こすための時間を多く与えることが可能になります。
実験では15分間におよび反応が行われ、生成された水素イオン(H-)の量が測定されました。
そして計測された水素イオンの数から、トンネル効果が何度、どの程度の頻度で発生したかが調べられました。
結果はシミュレーションとほぼ同じ数値が得られ、重水素陰イオンと水素分子が閉じ込められた空間では1立方センチメートルあたり1秒間に「5× 10−20」回の衝突が起こり、両者の衝突1000億回につき、1回のトンネル効果が起こることが示されました。
この一致は、実験結果が以前のシミュレーションモデルの正確性を裏付けるものであることを示すと共に、史上初のトンネル効果による分子反応が測定されたことを示します。
今回の研究では、トンネル効果を引き起こした確率的なエネルギー分布が、何によってもたらされたかも検討されています。
研究者たちはトンネル効果に波及するエネルギー源は、零点エネルギーであると述べています。
ゼロ点エネルギーは絶対零度付近まで冷却された量子における最も低いエネルギーです。
ただ全ての粒子は波動性を持っており、いくら冷却してエネルギーを奪っても、この波としての性質から振動数や波長を完全に奪うことはできません。
そのためどんなに冷却しても完全にエネルギーが失われることはなく、最低レベルのエネルギー量「ゼロ点エネルギー」を保持し続けます。
たとえばヘリウムもエネルギーレベルによって気体、液体、固体と形状を変えていきますが、液体となったヘリウムはゼロ点エネルギーによって常に温められ続けるため、地球の大気圧下ではどんなにエネルギーを奪っても固体にはなりません。
今回の実験でも、重水素陰イオンを限界まで冷却しゼロ点エネルギーを保持している状態にされました。
そのため重水素陰イオンのエネルギーは、ゼロ点エネルギーの確率的な分布に従います。
前述のようにエネルギーが確率的である場合、化学反応を起こせるほど強いエネルギーを持った重水素陰イオンが生成されることがあります。
この発生件数がトンネル効果が起こる頻度にかかわっています。
研究者たちは今回の結果が、トンネル効果の理解において理論と測定値を結びつける基礎となり、続く研究のベンチマークとなりえると述べています。
今回の研究が第一歩となりより複雑な反応系で発生するトンネル効果の影響を調べることができるようになれば、量子力学は新たな段階に到達することになるでしょう。
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