ぼかし加工で脳が錯覚する理由
脳が錯覚する理由は、次のように説明できます。
私たちの目は、近くの物体と遠くの物体に同時にピントを合わせることができません。
例えば、目の前に美しい花を持ってきてピントを合わせると、背後の植物や景色はぼやけてしまうものです。
こうした目の仕組みを脳は把握しているため、「中央の花にピントが合っており、緑の背景がぼやけている画像」を見た時、脳は「花が至近距離に存在し、緑の植物は遠くにある」と感じます。
これは脳による正確な判断ですが、それゆえ、ぼかし加工によって簡単に騙されてしまうのです。
「ピントが合った列車とぼやけた背景」の加工画像を見ると、本当は同じ距離に存在しているにも関わらず、脳は「列車が自分の近くにあって、背景の線路などはずっと遠くにある」と感じるのです。
ただし、「巨大な列車の姿全体を捉えていながら、それが至近距離に存在する」ことなどありえません。
脳はこうした矛盾をなんとか修正するために、ありえそうなシチュエーションに感覚を近づけます。
つまり、「列車が非常に小さいので、目の前にあっても姿全体を捉えることができ、遠くの背景はぼやけている」と瞬時に感じてしまうのです。
これがチルトシフト写真で実物の列車がミニチュア模型に見える理由です。
そして今回の実験でチルトシフト写真の効果が実証されたことから、人間の脳が、確かにピントのずれ(ぼやけ)を利用して、網膜で得られた画像の距離やサイズを推測していることが証明されました。
また「上下だけのぼかし」という単調な加工でも脳を欺けたことから、脳の「距離やサイズを推測する作業」は、かなり大雑把なものだということも分かりました。
研究チームは、この脳の働きを「計量分析(綿密な論理をもとに統計的・数学的に分析すること)ではなくヒューリスティック(経験則や先入観に基づく直感的で素早い判断)である」とも述べています。
さらにベイカー氏は、「この結果は、私たちのサイズ認識が完璧ではなく、状況に影響される可能性があることを示しています。また、視覚システムの驚くべき適応性を浮き彫りにしています」と付け加えました。
人間は瞬時に判断する能力が優れて入るものの、その判断結果はかなり大雑把であり当てにならないことがあります。
多くの事故の原因が、この大雑把さに起因している可能性は否定できないでしょう。
人間の脳は素早く直感的な回答を出せるがゆえに、錯視で騙されやすくもなっていると考えられるのです。
「ぼかし加工でミニチュア模型に見える」錯覚は、人間の脳の知覚判断の方法や優先順位を解明するのに役立ちます。
これら人間の高度な手法は、今後ロボット工学やコンピュータビジョンなどの分野に影響を与えるかもしれません。