ヴラドは晩年に「血の涙」を流す奇病にかかっていた?
研究チームは今回、冷酷なヴラド3世を苦しめた病気があるとすれば、どんなものだったろうかと考えました。
それを確かめるべく、ヴラド3世が直筆で書いた3通の手紙を分析することに。
これらは1457年と1475年に書かれた手紙で、すべてルーマニアの都市シビウの統治者だったトーマス・アルテンベルジェ(1431〜1491)に宛てられており、徴税などの日常的な事柄が記載されています。
手書きの場合、書き手は必然的に紙に触れることになりますが、その際、手の皮膚から多様な化学物質が紙媒体に移動することが分かっています。
チームは手紙を傷つけずにヒト由来のタンパク質とペプチドを採取すべく、エチレン酢酸ビニル(画像中の茶色いパッチ)を塗布しました。
(ちなみに、タンパク質はアミノ酸が50個以上結合したもの、ペプチドはアミノ酸が50個未満で結合したものを一般的に指します)
そして採取した化合物を質量分析した結果、500種類以上のペプチドを含む残留物が発見され、さらにその中からヒト由来の物質を100種類ほど検出しました。
これらを綿密に調べたところ、ヴラド3世は細胞機能や臓器の働きを損なう遺伝性疾患の「繊毛病(せんもうびょう)」にかかっていた証拠が見つかっています。
また気道や皮膚に問題が生じやすくなる炎症世疾患の痕跡も特定されました。
しかし最も興味深かったのは、血の混じった涙を流す奇病である「ヘモラクリア(hemolacria)」に関連する物質が見つかったことでした。
これは1475年の手紙からのみ検出されたので、ヴラド3世は晩年にこの奇病に苦しんだことが伺えます。
ヘモラクリアは血液成分が涙管の液体と混じる珍しい症状で、涙腺に出来た腫瘍、細菌性の結膜炎が主な発症原因です。
女性では、妊娠可能な期間中にホルモンバランスが崩れることで発症することもあります。
症状には個人差があり、うっすら赤みを帯びる程度の涙から、完全に血が流れ出すような涙まであるといいます。
当時はまだヘモラクリアに関する詳しい医学的知識がありませんから、ヴラド3世は自身の目から血が流れ出ることにかなり恐れ慄いたのではないでしょうか。
もしかしたら今まで殺めてきた人々の血の呪いと思い込んで、自らの残忍な行いを悔い改めたかもしれません。
しかし、吸血鬼ドラキュラのモデルが血の涙を流していたするなら、なかなかによく出来た話です。