ワクチン接種が重症化の原因になってしまうメカニズム

2015年以降、フィリピンではサノフィ社が開発したデング熱ワクチン「デングワクシア(Dengvaxia)」が73万人以上の子供たちに接種され、史上初のデング熱ワクチンを大規模に採用した国となりました。
低緯度に位置するフィリピンではデング熱の蔓延が深刻であり、子供たちの命を守るために、早急な対応が求められていたからです。
しかし後になって、サノフィ社のワクチンは、過去にデング熱に感染した人には追加の予防効果を発揮したものの、感染したことがない人(幼い子供など)が接種してしまうと、感染したときに通常よりも深刻な症状を引き起こすことが判明します。
「ワクチン接種が重症化の原因になる」というと、今の時代は陰謀論めいた印象を受ける人もいるでしょう。
新型コロナウイルスのワクチンでは重症化を防ぐ効果があり、京都大学が行った研究では、日本におけるワクチン接種によって死亡率が97%以上減少したことが実証されました。
なのになぜサノフィ社のデング熱ワクチンは、重症化の原因となってしまったのでしょうか?
原因はデング熱ウイルスの持つ「ワクチン殺し」とも言える特殊な性質にありました。
デング熱ウイルスには4種類のタイプ「1型、2型、3型、4型」が存在することが知られています。
インフルエンザウイルスにも大きくA型・B型・C型があるように、同じデング熱ウイルスにもいくつかのサブタイプ(亜種)が存在しているのです。
またインフルエンザの特定の型に感染するとその型に対する免疫が得られるように、デング熱ウイルスのある型に感染して回復した人も免疫を獲得し、同じ型にはかかりにくくなります。
問題はここからです。

デング熱ウイルスには1つの型に感染して免疫を得ると、残りの型のいずれかに感染した場合でも重症化しやすくなるという、極めて厄介な性質があるのです。
重症化する原因は「抗体依存性感染増強」と考えられています。
何やら難しそうな用語ですが、中身は簡単です。
抗体依存性感染増強とは体を守るはずの抗体が、人間の細胞やウイルスの想定外の部分に結合して構造を変化させ、結果的にウイルスが細胞に入りやすくなってしまう現象です。
免疫システムはさまざまな病原体に対応した多種多様な抗体を作る能力があります。
しかしその設計能力は万能ではなく、一生懸命に設計したはずの抗体が「敵を利する」存在になってしまうこともあるのです。
大阪大学で行われた研究でも、エアロゾルなどを介した新型コロナウイルスの「普通の」感染によって、体内でウイルス感染を促進する抗体が作られてしまう可能性が示されました。
幸いなことに、新型コロナウイルスのワクチンを接種したことで抗体依存性感染増強が起こり重症化してしまったという報告は確認されていません。
しかしデング熱ウイルスは免疫システムに対抗するためか、抗体依存性感染増強が起こりやすいように進化しており、1つの型に対する免疫が別の型の重症化を手引きするようになっているのです。
その結果、デング熱ウイルスに対する全面的な免疫を手に入れるには4種類全ての型に最低でも1度ずつかり、抗体依存性感染増強による重症化の危険を少なくとも3回乗り越えなければなりません。
サノフォ社のデング熱ワクチンは、この仕組みに引っかかってしまいました。
ワクチンを接種することが「最初の感染」となり、子供たちの体内では以降の本物の感染を重症化させる「敵を利する抗体」が作られてしまったのです。
ではジョンソン・エンド・ジョンソンはこの問題をどのように回避したのでしょうか?