しじみ汁の白濁は「タンパク質」が原因だった
研究チームはまず、どのような物質がお湯を白く濁らせるのかを理解すべく、白濁の原因物質の大きさを計測しました。
その結果、100kDa(キロダルトン)以上の比較的大きい物質であることが判明しています。
※ ダルトン(Da)とは、主に原子や分子のような微小な粒子の質量を表すための単位を指す。
質量数12の炭素原子(12C)の12分の1を1ダルトンとし、その1000倍が1キロダルトン(kDa)となる。
そこで、電子顕微鏡を使って白濁物質を観察したところ、しじみを煮た汁の中には「大きな塊」があることがわかりました。
大きな塊(=高分子)であれば一般に、タンパク質と考えるのが普通です。
しかし、タンパク質は熱を加えると性質が変わり、沈殿したり灰汁(あく)になるため、しじみ汁の中の白濁物質をタンパク質と考えるのは疑問符が付けられます。
加えて、タンパク質に280nmの紫外線を当てると、波長が吸収されることが知られますが、しじみ汁に同じ紫外線を当てても波長が吸収されることはありませんでした。
よって、高分子という理由だけで、タンパク質と断定することはできません。
そこでチームは、タンパク質を分離し検出する方法である「SDS-PAGE」をしじみ汁に対して行いました。
すると、しじみ汁から検出されたのは、やはりタンパク質だったのです。
さらに、このタンパク質を解析にかけたところ、「トロポミオシン」というタンパク質であることが判明しました。
トロポミオシンは、筋肉を構成するミオシン(タンパク質)を構造的に束ねる役割を持っています。
チームは次に、トロポミオシンの特性を理解すべく、他の白濁物質と比較してみました。
たとえば、牛乳の白濁は「カゼイン」というタンパク質が原因であり、カゼインはカルシウム(Ca)を結合していることで知られます。
一方で、トロポミオシンを調べたところ、何らの物質も結合していないことが示されました。
それから、豚骨スープの白濁には、タンパク質の他に「脂質」が原因物質として関係しています。
しじみ汁でも同様の点を調べてみましたが、白濁物質として脂質はまったく関係していないことがわかりました。
チームはさらに、大きな疑問点となっていた、しじみ汁が280nmの紫外線を吸収しない理由を調査。
タンパク質は20種類のアミノ酸から成りますが、そのうちの「トリプトファン」というアミノ酸が280nmの波長を吸収することがわかっています。
しかし、トロポミオシンのアミノ酸配列を解析した結果、トリプトファンが含まれていないことが明らかになりました。
また、タンパク質は一般に熱に弱いのですが、トロポミオシンは耐熱性を持っていることが判明。
それゆえ、熱による変性を被らず、沈殿したり灰汁になることもなかったようです。
最後に、しじみ以外の貝を調べてみると、ハマグリ、赤貝、ホンビノス貝、ホタテ、カキでもお湯の白濁が見られ、その原因物質が同じトロポミオシンであることが確認されました。
これと別にチームは、トロポミオシンがしじみ汁の「うま味」に関与しているか調べるため、トロポミオシンだけを精製して味見。
しかし、ほとんど無味で美味しい味はしなかったそうです。
このことから、トロポミオシンはしじみ汁の味に直接関与はしていないと思われますが、白濁が増すほどスープが美味しそうに見えることはよくあります。
今後、スープの見た目を引き立てるために、チームはしじみに含まれるトロポミオシンを利用する考えもあるようです。