計算機がなかった17世紀の計算方法
ある教会にとって最適な値段設定でも、別の地域にある教会では異なる可能性があります。
現代の先進国では、かけ算や割り算を使った割引計算は義務教育で教えられますが、1600年代では多くの人々にとって計算は容易なことではありませんでした。
中世から知識の蓄積場所として機能してきた教会も、インフレ率を考慮にした割引計算をできる人材は多くはありません。
もし中世にタイムトラベルした人が簿記計算の資格を持っていたなら、きっと大聖堂クラスの会計士にもなれるでしょう。
教会の財政難を救うには誰でも簡単に使える「カンニングペーパー」が必要でした。
そこで1619~1624年に「簡潔で簡単かつ必須の表(Briefe, Easie, and Necessary Tables)」と呼ばれる本が出版されました。
この本にはさまざまな金額に対応した計算結果を記した表が記されていました。
つまりこの時代の人は直接計算せず、対応表で計算結果を導いていたのです。
その後、アンブローズ・アクロイドが記した『リースと利息の表(Tables of Leasses and Interest)』(1628年から1629年)が出版され、これが決定版となります。
この本に記載された表を使えば、現在の100円が未来にどうなるかを知ることができます。
こうした方法を使って、当時の教会の会計士は自分たちが損をせず、小作農が納得する土地更新料のラインを探っていったのです。
そして「農地の1年分の純価値を更新手数料として払えば7年間の土地使用を認める」あるいは「農地の7.75年分の純価値を更新手数料として支払えば21年の土地使用を認める」という割引価格が決定されました。
その後、計算結果が記載された本は教会だけでなく、イギリス内のあらゆる勢力でも用いられるようになっていきました。
このようなインフレ率を考慮した計算は現在でも行っている「割引計算」の初期の姿だと考えられています。
インフレ率を考慮する計算について記載された文献は少なくとも1200年代から知られていましたが、知識のない人が利用できるように大規模に印刷されたのは「簡潔で簡単かつ必須の表(Briefe, Easie, and Necessary Tables)」からであると言えるでしょう。
通常、お金の計算に使う便利ツールは金融分野で重宝されますが、1600年代のイギリスではインフレに苦しむ教会勢力が真っ先に割引計算を導入したという点で珍しくあります。
ですが研究者たちは「簡潔で簡単かつ必須の表(Briefe, Easie, and Necessary Tables)」やアンブローズの『リースと利息の表(Tables of Leasses and Interest)』の真の効果は、便利ツールを超えて社会全体の経済を変革した可能性があると述べています。
計算に従って合理的に契約を遂行することは、後に資本主義が形成させる基礎を築いたと考えられます。
本に記された計算結果の羅列が権力者の横暴を抑えながら資本主義の形成を助け、人間社会を大きく変えていくキッカケになったのは非常に面白い事実と言えるでしょう。