ゾンビ化は感染拡大に非常に有効な手段
宿主をまるでゾンビのように変化させる感染症は、いくつか知られています。
まず有名なのは狂犬病ウイルスです。
狂犬病に感染した犬は理性を失い、とにかく何でも物に噛みつこうとします。
狂犬病ウイルスは感染した動物の口腔内に特に多く存在しており、噛みつくことで他の動物に感染を広めるのです。
またトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)は感染したげっ歯類の恐怖をなくし、ネコを探し出してわざと食べられるように行動させることが知られています。
このように病原体が宿主をゾンビ状態にするメリットは大きく、宿主の行動支配を通して未感染の別個体や別種へと感染を広げることが可能になります。
上の図は、マッソスポラがセミをゾンビ化し、交尾を通して感染を広げていく様子を示しています。
マッソスポラの感染が起こると考えられているのは、まず第一に、セミが地中にいる間だと考えられています。
ですが感染直後はマッソスポラの活動は極めて低調です。
しかし感染したセミが成虫になって一週間が過ぎた頃に、セミの腹部で爆発的に増加し、生殖器を中心とした腹部を喰いつくし、胞子嚢を形成します。
ですがこの段階ではセミは死にません。
それどころかこの段階からマッソスポラによる支配がはじまり、オスに感染した場合はオスにメスの求愛行動を行わせ、他のオスを騙して性行為に及び、胞子に汚染された腹部を押し付け、感染させようとします(メスに感染した場合も同じ)。
ちなみにセミの交尾は、上の図のように腹部を先端を押し付け合うことで成立します。
感染したセミの腹部は上の図のように失われ、腹部の先端にあったはずの男性器や女性器といった生殖器は既に脱落してしまっています。
存在しない生殖器で同性異性かまわず交尾をしようとする状態のセミは、もはや生き物というよりゾンビと評したほうがいいでしょう。
さらに興味深い点としては、感染が進んでセミが死にかけになると、胞子生産が止まる点があげられます。
これは他の感染性の菌類とマッソスポラの大きな違いです。
他の菌類は死んだセミの体を栄養源にして大量の胞子の生産を始める一方で、マッソスポラにとって他者に感染させられなくなった「死んだセミ」や「死にかけのセミ」は、もう用無しになるのです。
事実、感染が進行してセミが死にかけ状態になると、マッソスポラはもうセミに相手を誘い込む羽ばたき行動をさせなくなります。
そしてセミが死ぬと、マッソスポラはセミの体から抜け出して地面に沁み込み、地中に眠る他のセミの幼虫への感染を試みます。
マッソスポラが捨てた後のセミの死骸は、腹部がゴッソリと抜け落ちており、非常に無残な形をしています。
ゾンビ化した宿主も不要になれば切り捨てるマッソスポラは、映画やマンガに出てくるゾンビ化ウイルスよりもタチが悪いとも言えます。