ゾンビ化の代償は進化のドン詰まり
マッソスポラがどのようにしてオスのセミにメスの求愛行動をさせるかはまだわかっていません。
なぜならば、マッソスポラはセミの胎内で生きることに特化しすぎているために、通常の培地では育てることができないからです。
またライフサイクルも13年~17年と極めて長く、通常の任期付き博士研究員が取り組むことはできません(一回でも実験に失敗すると次のチャンスは17年後)。
しかし近年になって、マッソスポラが幻覚物質であるシロシビン(マジックマッシュルームの主成分)と、覚醒剤の一種であるカチノンを生産していること判明しています。
このため、マッソスポラの行動支配に、これら精神作用のある物質が関与している可能性も浮上してきました。
宿主の行動を支配して別個体の宿主を次々に感染させるゾンビ化は、菌にとって有効な戦術であると考えられるでしょう。
しかし意外なことに、ゾンビ化は感染の主流ではなく、非常に限られた菌やウイルスのみでみられます。
その主な原因としてあげられるのが、ゾンビ化が極端な進化の結果であるという事実です。
先に述べたように、マッソスポラはセミの体内で生きることに特化しすぎたせいで、他の菌ならば容易に適合できる人工的な培地での生存能力を失ってしまいました。
またゾンビ化を主な繁殖戦略として選んだ場合、ゾンビ化以外の繁殖方法が制限されると共に、宿主にあわせて常に高度な宿主特異性を維持する必要性が生じ、別種の宿主に感染可能になるような進化的余裕が失われます。
進化において余裕がないということは、セミ以外の種への感染能力を獲得する余裕がないことを意味します。
つまりは、進化のドン詰まり状態なのです。
そして、そのような行き過ぎた進化は絶滅や環境変化のイベントに対して極めて脆弱となるでしょう。
ゾンビ型感染を引き起こす真菌は強いと思われがちですが、実は適応能力と進化の可能性を失った、非常に儚い存在だったのです。
なお2024年現在、米国では221年ぶりに2つの周期ゼミの発生が重なってセミが大発生していますが、そこにこの菌の感染が広がっていると言われています。
この記事は2020年7月公開の記事を再編集したものです。