素数ゼミは氷河期の環境で進化した
セミの一生は、ほとんどを見えない地下で過ごし、最後に地上への短い旅に出ることで知られています。
日本でよくみられるアブラゼミの場合は地下生活は3~4年、ツクツクボウシで1~2年、クマゼミは4~5年となっています。
よくセミは地中に7年間いると言われますが、実際に日本に生息するセミには7年も埋まっているものはいません。
ただ寿命の大半を地下で過ごしているのは確かです。
セミたちは、卵から孵化すると地中に潜り、木の根から栄養を吸いながら脱皮を繰り返して一定の大きさまで成長していきます。
長い時間がかかるのは木からの栄養摂取と成長が共にスローペースとなっているからです。
つまり日本のセミたちの場合、地下生活にかかる時間は体を大きくするのに必要な時間と相関しているのです。
しかし世界に目を向けると、7年どころではない長期にわたり、地下生活を送るセミたちが存在しています。
特に、アメリカ東部に生息する周期ゼミと呼ばれるグループは、日本のセミと違って地下で過ごす時間が体の大きさと関係なく完全に周期性であり、その中には13年セミと17年セミと呼ばれるほぼ正確に13年間、17年間を地下で過ごし地上に出てくるグループがいます。
この13年、17年という数は素数であることが知られており、13年セミや17年セミに属するセミたちはまとめて素数セミとも呼ばれています。
素数とは1と自分自身以外では割れない数のことを示します。
割れないということは掛け算で作れない数字ということであり、九九の答えには登場しない数字(7,11,13,17、19など)が素数に当たります。
素数は非常に興味深い数字であり、その性質や意味について数学ではさまざまな研究が続けられています。
そんな素数が、自然界で暮らすセミの中に突如現れるのはなぜなのでしょうか?
調査してみると素数セミは他のセミと比べて飛行能力が低く、襲われてもほとんど逃げないことがわかっています。
そうなると簡単に捕食され絶滅してしまうように思えますが、彼らはそのリスクを意外な方法で解決しているのです。
それが彼らの持つ膨大な数が周期に合わせて一斉に成虫になり、さらに一カ所に集中して過ごすという性質です。
そうすることで、彼らは捕食者の消化能力を圧倒し、1匹1匹が捕食されるリスクを劇的に低下させるのです。
同様に一斉成虫になる戦法はカゲロウなど他の動物や、植物たちが一斉に種を作りばらまくときにもみられます。
素数セミの飛ぶ能力が低かったり、そもそも襲われても逃げないようになったのは、個体レベルでは捕食リスクが極めて低くなっているからと言えるでしょう。
また膨大な数の成虫が一斉に集まることで、オスとメスが出会える率も飛躍的に増化します。
まさに数によるごり押し生存術と言えるでしょう。
しかしなぜ素数セミたちは、ここまで大規模な時間合わせを必要としたのでしょうか?
セミが地球上に現れたのは今から2億年前と言われており、日本をはじめ世界各地にセミが生息しています。
しかし13年や17年といった長長期にわたる周期を持つのは、北米に生息する素数セミたちだけです。
実際、生涯で1度しか交尾しない動物で、素数セミほど長い周期を持つ動物は知られていません。
理由の1つには、ここ200万年の間に起きた氷河期と関連していると考えられています。
この時期の素数セミの先祖は、他のセミと同じようなサイクルを持っていました。
しかし氷河期になって木の成長が低下し、地下の素数セミたちがエサにしている木の汁の栄養価も低くなります。
特に北米では氷河が大きく進出し、厳しい環境となりました。
そのため素数セミたちが大きくなるまでに時間がかかるようになっていき、次第に長期間の地下生活に適応できるように進化します。
ですが氷河期では地上に出てもエサがほとんどなく、オスとメスが出会う前にほとんどが死んでしまいます。
そのため素数ゼミの先祖たちは、長期間の地下生活能力に続いて、一斉に成虫になる周期性を獲得しました。
ただこのときはまだ、周期は素数ではなかったと考えられています。
いったいなぜ周期は12年や18年ではなく、13年と17年になったのでしょうか?